第42話 桜小路家の秘密
ひかりは美波に"咲夜胡"の物語についても聞いてみた。
「美波さん。私たち、子どもの頃に咲夜胡様の話を聞いたことがあるんです。桜の下で、素敵な恋をしたとか。でも、この物語には続きがあるのですよね?美波さんは知っていますか?」
蔵の鍵を手に戻ってきた美波は、宗次郎から聞いていたのだろう、自分も聞いた話なのでという前置きをして語り始めた。
「祖父に、桜小路家で働くことを伝えた時に聞いた話です。あかり様の力の源、そして鬼伝説。なぜ村の名前が、鬼追村なのかも‥。一通り‥。」
悟は話についていけていない。
「悟さんは、咲夜胡の話を全貌を聞いたことがないですよね? 簡単に言うと、はるか昔桜小路家で誕生した未来を見通す力を持った少女のお話なんです。その少女の名前が咲夜胡。彼女は俗世間と離れて、あの離れで暮らしていたのですが、庭師の男性と恋に落ちた。満開の桜の下で、運命の人に出会うという素敵な話。始めて聞いた時、子どもながらとてもワクワクしました。」
「咲夜胡?」
悟にとって、運命の出会いなどという話はあまり興味がないのかもしれない。ひかりはそう思いながらも、美波に話の続きを促す。
「はい。咲夜胡様のお話しには続きがありました。残酷で悲しい物語。」
美波は咲夜胡が、意に反した男性と結婚をさせられたこと。夫は嫉妬深く疑心暗鬼の末、鬼と化し多くの人を惨殺。その時に屋敷が炎上し咲夜胡も亡くなったことを語った。
「それ以来、桜小路家には神から授かった未来を見通す力を持った者が誕生し、それと同じく鬼と化した者から多くの犠牲を伴う試練を課せられ、壊れていく運命を背負わされているとか。」
「お祖父様が、その鬼だと?」
「あ、いえ‥。」
「誰もが皆そう思っているんだから、謝らないで。私が勇二さんから聞いた話は、まさしく人間とは思えないことばかりだったので、鬼であったのかもしれませんね。」
「小夜様もあかり様も‥おかわいそうに。」
美波は本当に心を痛めている様子だった。美波は龍三や勇二の魔の手が及ばなかったと信じたい。
「蔵までご案内いたします。資料も膨大にありますので、今日はお屋敷にお泊まりください。お部屋をご用意しておきますね。」
蔵は裏庭を通った先にあった。何かあれば連絡を、といい美波は戻っていった。
ギギギギー。
鉄製の大きくて重い扉が開いた。中からひんやりとした空気が流れ出てくるのを感じる。かびと湿気の匂いがする。
蔵には電気が通っていた。昔ながらの裸電球が所々に高い天井から吊るされている。壁にあるスイッチをつけると、一気に蔵の中が明るくなった。
両サイドの壁の高い位置に窓がついているが、長年開けるものはいなかったのだろう。蜘蛛の巣が張っている箇所がある。
周りを見渡すと、天井近くの壁の四方に桜が描かれていた。
ひかりと悟が入ってきた入り口の南側面上には、立派な満開の桜が。西側面には葉をたたえた桜、北側には枯れ落ちる桜、そして東面には雪と枝木の絵が描かれていた。
「桜…ですね。」
「そうだな。桜の春夏秋冬だな。」
二人はさらに奥へ入っていった。棚には、歴代の主人が残しただろう資料や貴重な品が所狭しと置かれている。どれから手をつけたらいいのか途方に暮れる数だ。
「とりあえず、桜小路家の家系図とか、誰かの日記とか、書物を探してみよう。」
「そうですね。私は左側から探してみます。悟さん右側からお願いできますか?」
「了解。」
二人はそれぞれの持ち場から、探し始めた。
長時間触れられることのない物たちは埃で表面の文字が見えない。剥き出しに置かれているものばかりではなく、木箱や葛籠の様なものに入っているものもあり、二人は慎重に1つ1つ確認しながら進めていった。
東側を確認していた悟が何かに気づいた。足元から風が吹き込んできている。ちょうど悟が手に取ってみていた紙が風になびいているのだ。
悟は風の吹き込む場所を探すためにかがみ込む。木の板の繋ぎ目を指先でなぞる。スッとなぞっていくと壁際にある木製の棚に行き当たった。どうやらその下の方から風が吹き抜けてきているようだ。
「ひかりさん。ちょっといい?」
悟は木製の棚をゆっくりと右にずらしてみる。すると、床から扉の様なものが見えてきたのだ。
「悟さん?」
ひかりが悟のところに駆け寄ると、そこには下へ続く階段が、暗闇の中へ口を開き下へと続いている。地下から冷たい風が流れ込んで天然の冷蔵庫の様な感じだ。
「この下に何があるんだろう?知っている?」
「いえ、子どもの頃もこの蔵に入ったことはなくて…。でも母がここから出てくるのは見たことがあります。何か手に持っていたので、ただの倉庫だと思っていたのですが…。天然の冷蔵庫? っていう訳じゃないですよね?」
「どうかな?降りてみよう。君はここで待ってって。」
「え、一緒に行きます!」
「そういうと思った。」
悟は携帯電話のライトを頼りに下へ降りることにした。階段は石を積み上げたようなものでできているらしく、崩れる心配もなさそうだ。
一番下まで辿り着くと、悟がまっすぐ立っても大丈夫なほどの天井の高さがある。
「降りてきても大丈夫そうだ。以外と広い。」
「はい。今行きます。」
ひかりは扉が閉まらないように、掛け軸の箱を扉と床の間に挟み込むように置いておく。閉じ込められたらと思うと恐怖しか残らない。
ゆっくりとひかりは階段を降りていった。下で悟が手を差し伸べてくれている。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。」
階段からの広い空間は、さらに奥へと続いていた。子どもの頃、あかりと一緒に探検した洞窟のように、岩で覆われ足元はゴツゴツしていた。カビの匂いが濃くなる。
「道はまっすぐみたいだ。進むよ?」
「はい。」
悟はしっかりとひかりの手を握り暗闇を進む。携帯のライトだけが足元を照らす。
「ここはどこに続いているんだろう?」
しばらくすると右手に壊れかけた木造の棚が置かれているのが見えた。蝋燭とマッチが置かれている。この湿気でマッチが機能するとは思わないが、マッチがあると言うことはちょっと昔まで、この道は使われていたことになる。
しばらく進むと、だんだん道幅が狭くなり天井もだいぶ低くなってきた。そんな矢先に二人の目の前に、大きな扉が見えてきた。
「これは?」
「大きな扉だ。」
携帯をひかりに渡し、悟は扉の取ってを探す。
鉄製でできた扉は、洞窟特有の湿気でサビがひどく、びくともしない。腐食も激しい。しかもこちらから開ける必要性がないのか、ドアノブがないのだ。
「これはダメだな。押しても動かないし、引けば開くのかもしれないけど…。ドアノブすら見当たらない。」
悟は何度か扉に体当たりしてみる。上に上げるタイプなのか?と思い試行錯誤してみるが一向に扉が動く気配がない。
「向こう側に道が続いていそうなんだけどな〜。」
悟が悔しそうにそう言う。
「もしかしたら、向こうからしか開かないのかもしれません。」
「そんな作りっておかしくないか?」
「ここは桜小路家ですよ。何があってもおかしくはないです。それに…。ここの壁の作りに記憶が…。家の裏山に洞窟があって…。そこに繋がってるんじゃないかな?って思うんです。」
「その洞窟には何があるの?」
「わかりません。でも母が洞窟に入るところを何回か見たことがあります。それと…子どもの頃、鬼が住んでいると本気で思っていました。」
鉄の錆びた匂いが血の匂いと重なり、気分が重くなる。
「明日、明るいうちにそこも見てみよう。」
「そうですね。」
この先に何があるのか、ひかりは重い足取りで来た道を引き返す。
蔵へ戻ると外は暗くなっていた。このまま洞窟に向かうのは無謀だ。二人はそれぞれ気になる資料を手に、母屋に戻ることにした。
その後、美波の計らいで用意された客室に案内された。
「お食事は、客間に用意しておきますので、お時間になりましたら降りてきてくださいませ。私は小夜様のお部屋の隣におりますので、何かあればいつでもお声がけください。お二人は…、別々のお部屋をご用意しておりますが、宜しかったですか?」
美波が申し訳なさそうに聞いてくる。
「ありがとうございます。別々で。」
ひかりと悟は2階にある客室に案内される。おしゃれなホテルの様にベッドも完備されている。外観からは想像しづらい内装だ。
「ホテルの様ですね。」
「そうですね、あかり様の計らいで遠方から来られる方に使っていただけるよう準備しているのです。全部で春・夏・秋・冬の季節に見立てたお部屋で4部屋ございます。ひかり様は春の間、悟様は夏の間をご用意いたしました。ご自分のお部屋だと思ってゆっくりお寛ぎください。」
「ありがとうございます。」
廊下を挟んで、春と夏、秋と冬の部屋があるという。悟とは隣同士の部屋だ。
「ここは4つの客室だけ存在しているのですか?」
「えぇ。私たち住み込みの従業員は母家の逆側に。今は1階に小夜様のお部屋が、その隣を私が使わせていただいています。その2階があかり様のお部屋。他のスタッフはまた別の建物にそれぞれの部屋が用意されています。」
「勇二さんのお部屋も?」
「はい。明日ご案内いたしますが、別の建物に。」
「行き来はどうしているのですか?」
「母屋を中心に放射線の様に繋がっています。増築された建物なので道に迷われる方も多く…。それで客室はひとまとめにしたと伺っています。」
「そうでしたか。」
「明日、住み込みで働いているスタッフをご紹介させていただきますね。ひかり様のお顔を見たら、びっくりする者も多いいことでしょう。あかり様は特別なお方ですので、間近でお会いできるスタッフも少なかったので。」
聞いても理解に苦しむ。
それでは。といい美波は去っていった。そういえば美波以外の人に会っていない。部屋の用意や、食事など準備してくれた人たちへ感謝の気持ちでいっぱいなのに。不思議な空気が漂う。それが桜小路家なのだ。
ひかりは一人部屋の中で、昨日村人から聞いた母のことを考えていた。自分の意にそぐわない相手に体を委ねなければらないことが桜小路家では代々起きている。誰かを守ためだったとしても、どれほど辛く悲しいことか。
ひかりは、蔵から持ち出した誰のものともわからない日記帳をパラパラとめくる。紙は黄ばんで、筆で書かれた文字は、ところどころ薄くなっている。
心ここにあらずの状態でページをめくっていくと、そこに咲夜胡の文字を見つけてひかりは飛び起きた。
「咲夜胡 誕生す。」
『雷を伴う雨が降っている夜。
「咲夜胡のお父さんとお母さんの名前ね。」
ひかりは次のページをめくる。
『双子は不吉とされている。二人目の女子を殺傷することとあいなる。』
− 双子? 殺傷って殺すってこと? 咲夜胡は私と同じ双子だった?
トクン。心臓がはねる音が聞こえる。
どうゆうことなのか。ひかりは次のページをめくる。
『あまりにも可愛らしい赤子を手に掛けることはできなかった。私は屋敷の鍵のかかった部屋の中で育てることにした。誰にも言えない。生かしておいたことが、それが桜小路家に幸福と悲劇を呼んでしまった。私の選択は間違っていたのだろう。だが後戻りはできない。』
「な、なに?どうゆうこと?」
美波の話の中には、もう一人の咲夜胡についての話は出てこなかった。紅夜の話にも登場していなかった。どうゆうこと?
夢の中の少女の言葉が頭の中で繰り返される。
『あなたにもいるのね。もう一人の自分が。』
− あれが夢ではなく、咲夜胡からのメッセージだとしたら…。
ひかりはベッドから飛び起きた。いてもたってもいられない。ひかりは部屋を飛び出し、悟の部屋の扉をノックしていた。
「悟さん、悟さん?起きていますか?」
コンコン。コンコン。
「悟さん?」
「ちょっと待って。」
部屋の奥から悟の声が聞こえる。少しして扉が開いた。慌てていたのか、タオルを首にかけ上半身裸の姿で悟は扉を開ける。髪は濡れていた。
「ごめん、風呂入ってた。電話くれればよかったのに。」
悟から懐かしいシャンプーの香りがする。悟はひかりを部屋に通した。
「ご、ごめんなさい。ここ、ここを見てください。」
ひかりは興奮気味に先ほど見つけた資料を悟に見せる。
「咲夜胡は私たちと同じように双子だった。」
悟が頭をタオルで拭きながら、資料を覗き込む。
「一人は生かされ、一人は殺される運命を…免れた。」
悟はTシャツを被り、ひかりのそばに座る。
「あかりは桜小路家に残り、私は上条家へ。咲夜胡と同じ。歴史は繰り返される。」
「あかりさんは、結婚もしていないし子どももいない。確かに類似する点はあるけど今の世の中に双子は不吉なんてありえないよ。」
「そう…ですよね。 でもこのもう一人の咲夜胡がどうしても気になって…。」
「そうだな〜。この後のページには、それらしい話は登場してない。」
悟はページをめくりながら咲夜胡の話が出てこないか確かめる。
「悟さん、今から洞窟…。行ってみませんか?」
「今から?」
「はい。子どもの頃夜に洞窟へ行ったことがあるんです。うる覚えですが、たどり着けると思います。そこに何か秘密があるんじゃないかと。」
ひかりは真剣な眼差しで悟を見つめる。
「君は…。止めたって一人で行くんだろう?」
悟はパーカーを羽織り出かける準備をしながら話続ける。ここへ来る時に覚悟は決めていた。最後までひかりに付き合うと。
「いいよ。行ってみよう。懐中電灯とかあるかな?」
「部屋にありました。この部屋にも。あそこに。」
「よし。行こう。」
悟は宮古市の言葉を思い出していた。桜小路家、鬼追村には何かあると。オカルトチックだと笑ってみたものの、ここへ来て何か神秘的な力が働いているように感じていた。全ての源、咲夜胡。
知らなければならない。そう思ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます