第41話 桜小路家の人
昨夜は雨が降ったのだろう。道端の草木は雫をたたえ、太陽の光に反射してキラキラしていた。
「歩けるかい?」
「はい。」
昨夜思いっきり泣いて、ひかりの瞼は腫れぼったくなっていた。化粧のノリも悪い。悟に抱きしめられ子どもの様に眠ってしまった手前、ひかりはまともに悟の顔を見ることができなかった。
悟とひかりは山道をゆっくりと登っていく。もうすぐ桜小路家に着く。
「お待ちしておりました。」
ショートカットの爽やかな女性が桜小路家の大きな門のところで、出迎えてくれた。黒のスーツにパンプス。一見すると就活の学生のようだ。
「お世話になります。雛型です。」
悟が挨拶をする。
「祖父から聞いております。藤崎 美波と申します。”お使い人様”の秘書をさせていただいております。」
名刺を取り出し挨拶を交わす。美波もまた、ひかりを見ても何も反応することはなかった。あかりが入院していることを知っているので無理もないが‥。
「でわ、中をご案内いたしますね。」
門を抜け、広い庭のようなところを歩いて行く。玄関はどこなんだろう?と思うほど広大な敷地だ。
しばらく歩いて行くと、大きな立派な引き戸がついた日本家屋の入り口が現れた。老舗旅館の様な雰囲気をかもしだしている。
「こちらでお待ちください。」
美波が案内してくれた部屋は、ひかりが初めて来た時に通された部屋とはまた違った雰囲気だった。どれだけ広い屋敷なんだろう。迷子になりそうだ。
「君が初めて来た時もこの部屋に通されたのかい?」
「いいえ…。違うと思います。入り口も違っていたので。」
二人は大きなソファーに重厚なローテーブルのある部屋に通されていた。和テーストと洋風の感じが混ざり合った部屋だった。
ギギー。ギギー。
何かが軋む音が聞こえたかと思うと、扉が開き車イスに乗った老婆が現れた。その後ろに車イスを支えるように美波が立っている。
「ひかり‥ですね。」
しわがれた声が聞こえる。
「もしかして‥、小夜お婆様?」
「ひかり‥顔を見せておくれ。」
老婆は震えながら手をひかりの方へ伸ばす。
「お婆様。お元気でいらっしゃったのですね。よかった‥。本当によかったです。」
「ありがとう。長生きはするものですね。こうしてひかりに会うことが出来て、今日という日をどんなに待っていたか。後はあかりが戻って来てくれたら思い残すことは何もないわ。」
小夜の身体はとても細く、骨と皮でゴツゴツしていた。髪は白く薄くなってはいるが、綺麗に整えられている。記憶の中の小夜は、綺麗で意思の強そうなふくよかな女性だった。時が経つのは残酷なものなのかもしれない。
「弱気なことをおっしゃらないでください。」
「本当にお前たちには辛い運命を背負わせてしまいました。私に力がなかったばかりに‥申し訳ない‥。」
「謝らないでください。むしろ私が謝らなくてはならないのです。何も知らず‥何も出来ず‥。」
小夜は小さく首をふる。
「小夜様、お薬のお時間ですので、あまり無理をなさらず、お部屋に戻りましょう。ひかり様よろしいでしょうか?」
美波は、小夜の落ちそうな膝掛けを直しながら車イスの固定を解除する。
また後で会いましょう、と約束を交わし小夜は部屋に戻っていった。
「申し訳ございません。お待たせいたしました。」
「お身体、悪いのですか?」
「はい‥。延命治療はいらない。とおっしゃって緩和ケアを、今はこの屋敷で‥。」
「そんなにお悪いのですか‥。」
「ひかり様に会えて、お元気になられたと思います。」
「それならいいのですが‥。」
向かい側のソファーに軽く腰掛け、美波は姿勢をただす。
「祖父から、包み隠さず話をするように申し使っております。何からお話をさせていただければよいでしょうか?」
「そう固くなられると、聞きづらいな。」
悟が鼻の頭を掻いている。
「申し訳ございません。」
苦笑い。少し場が暖まったのかもしれない。
「美波さんは、いつから屋敷に?」
「そうですね‥本格的に秘書としてお使いさせていただいたのが5年前でしょうか。祖父を訪ねてお邪魔したときに、あかり様に桜小路家を一緒に支えて欲しいとお声をかけていただいたのがきっかけです。あかり様は、本当に素晴らしいお方です。」
美波は夢心地で話す。彼女もまた"お使い人"の崇拝者。
「秘書ということは、あかりさんのスケジュール管理とかが、仕事なんですか?」
悟は前のめりに質問を始める。美波は少し困った顔をp見せた。
「スケジュール管理というか‥お告げを聞きたい方からのお問い合わせに対応したり、お気持ちでお納めいただく物を確認したりしています。そういう意味では桜小路家の財政も任されております。」
「その若さですごいですね。」
悟は心底そう思って伝えた言葉だったが、美波には伝わらなかったようだ。
「年齢は、関係ないと思いますが‥。」
気まずい。
「あかりは、あなたを信頼しているのですね。」
ひかりの言葉で美波の頬が赤く染まる。美波があかりに対して抱いている気持ちがうかがえる。
「美波さんは、お祖父様や勇二さんとは?」
「私は、あかり様にお使いしておりますので、何度かお会いすることはありましたが、直接お話しすることはほとんどありませんでした。」
収穫なし。
「勇二さんも、あかり様に使われてましたので‥あのような事件を起こすなんて‥考えられません‥。」
「そう‥。」
あかりと勇二の関係性は、家のものはほとんど知らなかったということなのかもしれない。
「桜小路家の家系図とか、過去の資料があるときいたのですが、見せていただけますか? それと‥可能であれば、お部屋を‥離れを見せていただけますでしょうか?」
「私がお預かりしている、桜小路家の歴史の資料でしたらいくつかありますので、ご覧いただけると思います。でもそちらは、桜小路家のPR資料のようなものなので、ご期待に添えるか‥。他にも祖父から鍵を預かっておりますので、蔵の方に何かあるかもしれません。」
「見てみたいわ。」
ひかりが答える度に、美波の顔に笑顔が差し込む。
「お部屋に関しては、あかり様のお部屋は‥お許しを受けてないので、ご案内しかねますが、他は警察の方が、すでにお調べになられているのでご案内させていただきますね。」
「ありがとう。ではまずは蔵の資料を見せてください。」
「承知いたしました。」
きっとそこに、自分がやりとげなければならないことへのヒントがある、とひかりは確信していた。なんの根拠もないが‥きっとそこに全てが。
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