第40話 村人の話
あたりはだいぶ暗くなってきていた。
日が短くなっているから仕方ないのかもしれない。民家も少なく目的地はポツンと一軒家で取材が来るのではないかと思われるほど何もない道を二人の車は進んでいた。
「もうすぐだと思う。」
悟はカーナビをいじりながら目的地を探していた。一本道なのでそうそう道に迷うことはない。
遠くに古民家風の建物が見えてきた。室内からの暖かい光も漏れている。ここは村に唯一の食事処であり、旅人が泊まる宿だ。
車を停め、中に入る。
「いらっしゃい。」
中から若い女性の声が聞こえた。
「予約している雛型です。」
「はーい。お待ちしてました。どうぞ〜。」
受け入れ難い人物がやってくる。という噂が広まっているんじゃないかと勝手に思い込んでいた悟だったが、宗次郎の計らいなのだろうか…。暖かい雰囲気で出迎えられた。
「あちらでお待ちですよ。」
エプロンをした若い女性が奥の間に案内してくれた。ひかりの顔を見ての何も反応しない。お食事も用意しますね。といいキッチンの方へ去っていった。
「こんばんわ。」
悟は奥の間に足をすすめる。一瞬にして和やかな空気が張り詰めた気がする。
部屋の中には、長方形の木の机に掘り炬燵が置かれていた。床のフローリングも年期が入っていい具合に黒光している。
そこに奥から、村長と思われし人物、年齢を重ね宗次郎と同年代と思われる男性、そして同じく初老の女性が座っていた。
パタパタとお通しの枝豆も持って、先ほどの女性が戻ってきた。
「あ〜もう立ってないで〜座った座った〜。」
入り口近くの席に、ひかりと悟の分の料理をセッティングしながら、奥にいる人物たちを紹介してくれた。
「あちらにいるのが〜、前の村長の稲田さん。手前が吉田さんと、三ツ井のおばちゃん。みなさん藤崎さんと同じ屋敷で働いた経験のある方〜。」
イントネーションが少し変は女性は、そう言って飲み物を確認してまた去っていった。
「初めまして。今日はありがとうございます。私は雛型悟と申します。そして…。」
「上条ひかりです。」
二人は正座をして挨拶をする。
「知ってるさ〜。ひかりお嬢様。大きくなって。今日は何でも聞いてちょうだい。わかることは何でも話すつもりでここにきたんよ。」
三ツ井のおばちゃんと紹介された女性が場を和ませようとビールを注いでくれた。
「三ツ井さん…?」
「あ〜わからないのも無理ないわね〜。あまりお屋敷の方との接点はなかったから。お食事をね〜作らせていただいていたのよ〜。」
「菊乃さん?」
菊乃と呼ばれた女性は、嬉しそうに頷いた。
「そっちが吉田さん、仕入れとか必要なものを届けてくれてた人よ。」
「直接お会いしたことはないけども、お屋敷には何度も足を運んでいたんですよ。」
吉田と紹介された男が、ツルツルの頭に手を置いてそう答える。
「私は宗次郎と幼馴染でな、鬼追村の村長として村を守る責務がある。」
すでに酔っ払っているのか、赤い顔をした稲田が面白くなさそうに呟く。ジャーナリストという肩書きの悟を気に入らないのかもしれない。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに〜、宗次郎さんから頼まれたのでしょ?知っていることを話さんと。」
ふん。不貞腐れてビールを一口。稲田は手強そうだ。
「今回も大変な騒ぎだったわね〜。龍三様が亡くなられて、お屋敷もバタバタされてましたしね。」
これ美味しいわね。と言いながら菊乃は料理に手をつける。
「そうだな。あんなに外部から人がいっぱい屋敷に入るのは今まで見たことがないな〜。」
「葬儀もひっそりとやたみたいだしな。」
「稲田さんは参列されたのでしょ?」
「いや、昨日線香をあげさせてもらったけども、ひっそりとやられたようだ。」
3人は龍三の遺体を桜小路家が引き取ったことすらも、びっくりしている様子だった。
このまま話が続きそうだったので、ひかりは本題について聞いてみた。
「みなさんは、私が上条家に行くことになった経緯をご存知ですか?」
「ご存知も何も〜、あの時は大変なことが起きた!ってことがすぐ村のものに伝わったからな〜。もうそりゃぁ〜大騒ぎよ。」
ねぇ〜と顔を合わせながら菊乃は話す。
「その時、菊乃さんは屋敷にいたのですか?」
悟がビールを飲みリラックスした格好で話し始める。いつまでも正座では彼らの懐に入れないと知っているのかもしれない。
ひかりもゆっくりと足を崩し、掘り炬燵に足を下ろす。
「あの日は、柚莉愛お嬢様もお出かけの日で、お食事もお子様たちの好きなものを作って欲しいと言われましてね〜。」
菊乃が遠い目をする。
「覚えてます。覚えてますとも。あの日離れから大きな悲鳴が聞こえてきたんです。何度も何度も。そして獣の様な雄叫び。伝説の鬼が復活したんじゃないかと思ったわね〜。そんで何事かと駆けつけたら、宗次郎さんに止められましてね。」
「宗次郎に?」
「はい。行っちゃいけないって。」
菊乃は興奮気味に話をすすめる。
「しばらくして、宗次郎さんがひかりお嬢様を抱えて、離れから出てきました。そう。ひかりお嬢様だけを抱えて。」
「ぐったりしているひかりお嬢様を、宗次郎が私に託してな〜。血がついた服や手をどうにかしてほしいって、何事かと思ったさー。」
稲田はその時のことを思い出したのか、急に雄弁に話に入ってきた。
「それで、妻に風呂と着替えを頼んだんだな。そうだそうだ。」
「あそこで何が行われていたか、みなさんはご存知だったんですか?」
ひかりの言葉に3人は顔を見合わせ、誰もが黙ってしまった。
泡の消えた、ぬるいビールに口をつける。お料理も運ばれてきて、一旦話は中断したかに見えた。
重たい雰囲気を破り、答えてくれたのは吉田と紹介された人物だった。
「私らは、薄々屋敷の離れで何が行われていたか、知っていただんと思います。あの日起きたことは、村中の噂になってた。」
「そうね。あの日から、気味の悪い坊ちゃんも、柚莉愛お嬢様も姿を見せなくなったし、何より可愛らしい盛りの魔裟斗様のお姿もお見かけしなくなったから…。」
「それは…。」
ひかりは戸惑い、思わず声が出てしまった。
菊乃は、そっとひかりの手を握りしめた。
「ひかりお嬢様。私たちは何が起きたかをうっすら感じていました。でも、龍三様が怖かった。残されたあかりお嬢様がどんな仕打ちを受けるかを考えると、見て見ぬふりをするのが一番だと、誰もが思ったのです…。」
「私も、あの現場に呼ばれた。」
稲田が重い口を開いてそう言った。
「村長として、あの場に呼ばれたのは私だ。今も目をつぶるとあの時の光景が目に浮かぶ。」
稲田は閉じていた目をゆっくりとあけ、ひかりを見つめる。
「この村は、桜小路家の”お使い人様”で成り立っている土地。逆らうことはできない。橋本家の顧問弁護士という団体もやってきた。」
3人はうつむきながら頷く。
「なくなられた皆を行方不明で手続きをすること。そして、この離れを何事もなかったように修復すること。それが私に課せられたものだった。」
今度は菊乃が稲田の腕に手を重ねる。
「あの時は、そうすることが正しいと誰もが思ってましたから。村長だけの責任じゃないですよ。地元の警察も私も皆、なかったことにしたかったんです。」
当時の桜小路家の力を持ってすれば、惨劇はなかったことにできたのだろう。そして村の皆は、龍三を恐れていた。
「離れには、龍三氏以外に女性と子どもが住んでいたと思うのですが。」
悟が質問を重ねる。
「いらっしゃいましたねー。龍三様が囲っていた方が。小夜様がかわいそうに。」
菊乃は嫌悪感を露わにし、そう答えた。
「あの子は、私らと同じ使用人でした。でも龍三様の目に留まり…。最初は誰もがあの子に同情的でした。誰も龍三様を止めることはできなかった。毎日大きな痣をこしらえて…。本当にかわいそうだった。」
菊乃は目頭を拭く。
「名前はなんと?」
「確か… 宮下舞奈さん。だったかしら? 舞さんだったかしら?」
「舞奈だな。」
吉田が答える。
「龍三様は、無理矢理、舞奈を自分のものにしたんだ。」
吉田の言葉に棘がある。もしかしたら、舞奈を気に入っていたのかもしれない。
「舞奈だけじゃない。柚莉愛様だって。」
「吉田さん!」
菊乃に怒られ吉田はしゅんとなる。
「母が?」
ひかりは柚莉愛の名前を聞いて動揺する。
口を開くものは一人もいない。
「龍三氏が手を出したのは、舞奈さんだけではなかった。ということですか?」
悟が一番ひかりが聞きたくなかったことを口にした。
「そんなことって…。だってお祖父様とお母様は親子でしょ?ありえないわ。」
ひかりが悟に抗議する。
「いや…。」
重い口を開いたのは、今度は稲田だった。
「何事も隠さず話してくれと、宗次郎が言っていた。我々はひかりお嬢様に嘘は言うまい。龍三様は、そうゆう人だった。」
「小夜様も気づいていらっしゃったと、思いますが…。誰一人龍三様に意見できる人はいなかったのです。それほどあの方は権力だけではなく、恐ろしい力を持っていた。」
「すみません。余計なことを…。」
「本当にお前は…。」
稲田が吉田を叱咤する。
空気が重い。ひかりは心の準備ができていなかった。あの母が父以外に。しかも実の父親に。間違ってる。ひかりの心は叫んでいた。
「ひかりお嬢様。誤解されないでくださいね。柚莉愛お嬢様は、お嬢様二人を龍三様の魔の手から守りたかったんです。一度私は柚莉愛お嬢様が泣いているところをお見かけしたことがあるんです。その時に約束をしたのです。誰にも言わないで。と…。龍三様に気づかれたら、子どもたちが何をされるかわからないと…。」
「そんな…。」
ひかりは母の痛みを感じ涙を堪えるのに必死だった。菊乃もまた涙が溢れる。
「私らが間違っていました。でも柚莉愛お嬢様には、明るい未来が見えているから大丈夫。と最後は私を慰めてくれました。そうゆうお方だったんです。」
その後も、桜小路家の面々についての話をいろいろと教えてくれた。
悟が主に質問をし、3人がそれぞれ思い思いに答える。
ひかりの心は柚莉愛のことでいっぱいだった。魔裟斗と勇二は異母兄弟になる。それもショッキングではあったが、柚莉愛のことを想うと、あの時龍三を自分の手で殺すことが正しかったのではないか?とさえ思えてくる。
宿の店主が3人をそれぞれの自宅へ送り届け、残されたひかりは途方に暮れていた。同じことを何度も何度も考えては泣いた。母の痛みを感じ、母の想いに感謝し、そして自分が何もできなかったことを後悔し泣いた。
あかりは、桜小路家と言う狭い鳥籠に飼われ、いつ鬼の手で握り潰されるかわからない恐怖と不安に耐えて暮らしてた。自分が憎まれても仕方がないこと。
ひかりの想いは堂々巡りを始める。
悟は何も言わず、そっとひかりを抱きしめた。昔柚莉愛がそうしたように。
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