第39話 鬼追村へ

 季節は本格的な秋を迎えていた。


 あかりはまだ意識が戻らない。医者からは脳に異常はなく眠り続けている状態だと聞かされた。明日目覚めるかもしれないし、このままかもしれない。広い個室に移動されて、あかりは今も眠っている。


 ひかりはというと…退院し、自分の部屋に戻っていた。


「色々あったししばらくの間、葉山のあの家に住まない?節子さんもいるし安心できると思うんだ。俺は、アパートを借りてるから、その…。深い意味じゃなくて。」


 退院の日、車で迎えに来てくれた悟からありがたい申し出をもらったが、ひかりは丁重にお断りをしていた。

 悟に甘えることはできたかもしれない。でも甘えてしまったら真実も何も追う力が失われそうで怖かった。だから今一人、ここにいる。


 ひかりは以前書いたメモを読み直した。


 中山智也と橋本代議士との関係、襲撃事件についてはまだわからないことだらけだ。でも預言者、桜小路家と勇二と関係があるはずに違いない。


 ちょっと離れた場所にある追加のメモ。そこの疑問には答えられる。

 秋子は宮下勇二に殺された。秋子の死も育ての両親の死も全て、あの惨劇を隠し通したかった橋本家、桜小路家が仕組んだもの。


 勝手な人たちだ。


「私が全てを明らかにする。」


 ひかりは鏡に映った自分を見つめ、改めて決意を固めた。自分に言い聞かせるように。


 ブーブーっ。


 マンションの下の通りの方からクラクションがなる音が聞こえた。これから鬼追村に行くのだ。


『下で待ってる』


 相変わらず簡単なメッセージだ。


『今行きます』送信。


 ひかりも簡単なメッセージを送る。既読。


 顔の痣も少し残っているが、化粧をすればほぼわからない。ひかりは大きめのリュックに荷物を入れ、悟が待つホールへと向かった。


 空は青くいい天気だ。悟は白のダボっとしたパーカーにジーンズ、そして初めて会った時と同じようにサングラスをかけて待っていた。

 ひかりもジーンズに紺のパーカーという格好で、側から見たらペアコーデの恋人みたいだ。


「よっ。」

 軽く左手を上げてひかりを出迎える。さりげなくかっこいい。


「もう足は大丈夫なの?」


 悟が気をきかせ、助手席のドアを開けてくれた。


「はい。すっかり。歩く分には全然!」


 そう言って足踏みをして見せる。


 出発の準備を進めながらひかりは気になっていることを聞いてみた。


「宮古市さんから連絡はありましたか?」

「うん?」

「秋子のこと…。」

「あ、まだ具体的なことは聞いてないな。」


 そうですか…。といい、ひかりは手帳にペンを走らせる。


「宮古市さんも忙しそうなんだよな。君のところに連絡は来てるの?」

「入院している時に一度、何があったのか、なぜあそこへ行ったのか。など聞かれましたが。それだけ。」

「そうか。」


 悟は宮古市とのやりとりを思い出していた。つい最近のことだ。


『元気か?』

『元気ですよ?宮古市さんは元気ないんですか?』

『はは。相変わらず俺に厳しいね。』

『そうですか?いたって普通ですけど』

『元気ならいいんだ。じゃぁな』

『ちょ、ちょっと待ってください。生存確認ってわけじゃないでしょ?何かあったんですか?』


 電話の相手は少し疲れているように感じる。宮古市の次の言葉を辛抱強くまった。


『妹さんのことだが…。』

『はい。』

『宮下勇二を起訴することになった。証拠が不十分で自白しかないところが辛いが…。』

『そうですか…。でも起訴されたら、あいつの口から真実が聞ける可能性は高まりますね。きっと。』


 また少しの間。何があるというのか?


『宮古市さん?』

『いや、俺が君に話すことでもないんだが、あいつ…。宮下勇二はやばい。』

『やばい?現職の刑事さんが言う言葉じゃないですね。聞かなかったことにしますよ。』

『ありがたい。なら続けて言わせてもらおう。あいつは人間じゃない。心がないんじゃないか? 今もわけのわからないことを呟いていやがる。心神喪失を狙ってるのかもしれないな。』

『そんな! あいつはいかれているけど、やっていることを自覚してやってますよ。相手の傷つくことを好んでる。』

『わかってる。俺だってそう思う。ただ、あいつと話をすると何が正しくて何が悪いことなのかもわからなくなっちまう。君は宮下勇二と直接話をしたんだよな?』


 悟も、勇二については何も知らない。あの時、ひかりにナイフをかざしている姿、狂気に飲み込まれたイカれた目、ニヤニヤした顔を思い出す。

 タックルし、殴った後も笑っていた。


『話たというか…。前にもお話ししたかと思うんですが…。あいつは俺に殴られながら笑ってた。”僕を殺せ 憎いんだろ?” と言ってたのかもしれない。』


 悟は思い出していた。


『その時、腹の底から憎しみが湧いてきて…。宮古市さんたちがあと少し遅かったら、俺があいつを殺していたかもしれない。』


 悟はその時に感じた怒りを思い出し身震いした。


『そうか、よく止められたな。 あいつの目、わけのわからない持論を聞いていると、体の奥底から怒りが湧いてくるんだ。』

 宮古市の部下の一人が、その怒りに耐えられず勇二を殴り謹慎処分になっている。


『俺も、殺意を初めて抱いたよ。』

『刑事さんがそんなこと言っていいんですか?』

『これも聞かなかったことにしてくれ。これから鬼追村に行くんだろ?』

『よくご存知ですね。』

『気をつけろよ。あそこは何かある。村人も全てを話してくれないしな。協力的なんだが、何か胡散臭い。』

『ご忠告ありがとうございます。』

『上条ひかりにも、何か変化があるかもしれない。気をつけてやってくれ。』

『変化って何すか?』

『さぁな。俺にもわからん。』

『オカルトチックですね。』


 最後はそう笑い合って電話を切った。

 宮古市とのやりとりは、何かしっくりこない形で終わった。


 桜小路あかりを崇拝する信者たちは沢山いる。白い服に身をつつみ、彼女に仕えていると言っても過言ではない。上条夫妻もまた信者だったに違いない。


 そういえば、宗次郎の棚のところに薬が置いてあった。痛みを緩和する薬と抗がん剤。あの状態だと末期なのかもしれない。悟の父が処方されていたものと似ていたのできっとそうなんだろうと悟は思っていた。


「明日、美波さんにアポを送っておきました。」

 ひかりは手帳に目を落とし、助手席から悟に伝えた。


「了解。今日は村の人に話を聞いてみよう。何か新しいことがわかるかもしれない。宗次郎さんに紹介してもらった何人かに連絡をしておいたから、きっと話をしてくれると思う。」


 村にある唯一の宿兼食事処で待ち合わせをしていた。夕方までには到着するだろう。


 車は西へ向かって走り出す。

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