第33話 生還
悟が乗るヘリコプターが、病院の屋上にあるヘリポートに着陸した。
慌ただしくスタッフが担架を寄せ龍三を処置室に運んでいく。救急隊員、病院のスタッフが何やら大声でやり取りをしているが、悟にわかることは龍三がもう助からないだろうということだった。
「あなたも処置室へ。」
エンジン音の中残った隊員とともに、悟は病院の中に向かった。
病院の中は、制服を着た警官や警察関係者と思われる面々、そしてスーツ姿の男性などが対応に追われていた。病院のスタッフも慌ただしい。
スーツ姿の男性は弁護士なのだろうか?すでに橋本家の関係者が到着していてもおかしくはない。
治療を終え薬を受け取った後、悟はひかりの元へ急いで向かった。まだ手術中とのことで救急治療室にはまだ戻ってきていない。それでも少しでも側にいたい気持ちで治療室の前の椅子に座って待つことにした。
少し離れたところで、病院スタッフと先ほどのスーツの男性が話し込んでいる。殺人者の身内として遺体を引き取ることが橋本家としては許されないだろう。長年苦しめられてきた桜小路家の人々はどう対処するのか…。
最後まで龍三は孤独だったのかもしれない。
悟は桜小路家について少なからず調べを進めていた。
秋子の遺した写真などから、ひかりが桜小路家の娘である可能性が高いと感じていた。そして橋本 龍三が桜小路家に婿入りし、桜小路 小夜との間に一男一女を授かっていたこともわかっていた。その娘の柚莉愛が、ある日を境に消息不明であることも。
宮古市は言っていた。グレーゾーンだと。当時の警察が柚莉愛の消息について調査に向かったのかはわからない。当時の新聞記事にもなっていないことから、橋本家が手を回したのだろう。
悟が話を聞いた村の人たちは、揃って桜小路家を讃え、まるで神を祀るような語りっぷりだった。紅夜という優れたお使い人についてや、あかりに感謝する声が多く聞こえた。ただ、そこに龍三や息子たちの話題は不思議なことに一つも上がってこない。完全に忘れ去られた存在だった。
桜小路家は、秘密に包まれた神秘な存在。多くの政治家や財界人がこぞって相談にくるほどの存在。そしてそこで何が行われていようとも、一切口外されることなく歴史上の舞台裏で大きな力が刻まれた場所。
"お使い人”を信仰し、心の拠り所にしている人たちにとっては、なくてはならない存在。桜小路家は、神と悪意・人間のエゴの間で微妙なバランスを保ちながら存在している。悟はそう実感していた。
「大丈夫。彼女は大丈夫だ。」
悟は小さくつぶやく。自分に言い聞かせるように。
最初は、秋子の死の真相を明らかにしたい。ただそれだけを思っていた。なぜ秋子が死ななければならなかったのか、なぜあの場所にいたのか。なぜ。なぜ…。
二人きりの兄妹、両親は他界しているとはいえ普通に暮らしてきた。取り立てて仲が良いわけでも悪いわけでもなく、誰もが思い描く普通の暮らしを。
でも、ひかりと出会いひかりの背負っている重たすぎる過去を知り、妹の秋子が何を成し得たかったのかを知ることで、悟の心にも変化が起きていた。
そして彼女の身に危険が及んだ時、心から彼女を守りたいと思った。これ以上誰にも不条理な死は迎えてほしくない。あの時こうしていれば…。という後悔も二度としたくない。
悟は固く拳を握りしめる。
待っている時間は永遠のように長く感じた。
遠くの方からカラカラカラカラと音が聞こえ、ひかりを乗せたベッドが戻ってきた。足が固定され、顔や首周りも重々しく固定されている。かなり痛々しい姿だ。
「ひかりさん。」
「大丈夫ですよ。全身麻酔がかかっているので眠ってますが、もうすぐ目は覚めると思います。脳にも異常はなかったので、しばらくは痛みはあると思いますが、大丈夫ですよ。」
「よかった…。」
悟はひかり本人を目の前にして、ひかりの手の暖かさを実感して心底安心した。生きていてくれている。それだけで嬉しかった。
「足は?」
「傷は神経に影響はなかったようなので、傷が癒えれば日常生活も支障ないと先生がおっしゃっていました。後ほど先生から説明があると思います。今後の治療方法やリハビリなど説明させていただきますね。」
そう言いながら、テキパキとセッティングをする。
「ご家族の方ですか?入院の手続きをお願いしますね。」
− そうか。寝巻きや下着とか…色々必要‥だよな。
女性の警察官が1名、宮古市からの命により付き添うことになったと挨拶されたが、悟は迷わず、節子へ助けを求めた。
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