第21話 殺したのは誰

 その後のことは、ほとんど覚えていない。どうやって勇二と別れたのか、その後どうやって家まで帰ってきたのか。


 わからないことだらけで、途中、車に撥ねれそうになったくらいだ。


 ブーッ ブーーーーーーーッ


「馬鹿野郎!死にてーのか!!」


 そんな言葉も遠く違う世界でのやりとりのように感じてしまう。

 家に無事辿り着けたのは、奇跡とも言えるのかもしれない。


 勇二と話をしてわかったことがたくさんある。そして悟に聞きたいことも。悟にメッセージを送るか送らないか、ひかりは本気で迷っていた。


『その人、信用できる人なんでしょうか…』


 勇二のあの一言は、ひかりの不安を倍増させるのに十分だった。


− もし、もし悟さんが何かを知っていて、それを隠蔽するために行動を起こしているなら…。秋子がどこまで何を知ったかを知るために、秋子を襲い…。資料を奪ったとしたら…。


 一度悪い方向へ流れた感情は、止めることができない。


− 橋本代議士へのアポについてもそう…。会う時には同席したい。と言っていた。私の身を心配して…。でもそれは情報がどこまで露呈するかの抑止力よくしりょくのため?とか…。


『ねぇ、ひかり。物事には、2通りの解釈ができるの。良い方に考えるか、悪い方に考えるか。それによって人が知る内容は変わるの。だから私たちは常に真実を読者に伝えなくちゃ。どちらに偏ることもなく真実を。』


 秋子は言っていた。”家に帰りたい” と言う言葉にも "家でやらなくちゃならいことを思い出しちゃって、まだ一緒にいたいけど帰りたい。” なのか "この場にいたくない、逃げたい。だから帰りたい” とでは、同じ言葉でも全く逆の感情がそこにあるのだ。と…。


『すべての人が、良い方に感じることができたら、みんな幸せなんだろうね〜。』


 そうだ。秋子の言う通りだ。

 悟の真意はわからない。だからこそ今は、悩んでいても仕方ない。本人に聞くしかないのだから。そしてこの手の話は、LINEなどですることではない。


 ひかりは決めた。

 一人で橋本代議士に会ってみよう。会ってくれるかわからないけど、会ってくれるまで諦めない。


 そのためにも、橋本氏に関わる記事を洗い出して、頭に叩き込む。そうしよう。

 プリントアウトしてきた橋本氏に関わる資料を整理して、相手が警戒心を抱かぬようなインタビュー企画を考えなければ。


 そう考えると、少し気が楽になった。


 悟に話すかどうかは、その後決めればいい。

 ひかりはモヤモヤする気持ちに蓋をし、次に進むことに決めた。


* * *


− お前が、お前が秋子を殺したんだ。秋子だけじゃない。思い出せ。そして泣け、叫べ! 悲しみの中で、もがき苦しんで死んでいけっ。お前の母親がそうであったように。


 歪んだ男の顔が、ワイングラスに映り込む。

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