第19話 真実のカケラ

 オフィスでは、何人かのスタッフが仕事をしていた。奥のエリアには締め切り前のスタッフが入稿データの最終チェックをしている。土日祝日も関係なく、賑やかなものだ。


 過去の新聞・週刊誌のデータが保存されているライブラリーにアクセスしてみる。

橋本代議士について、何か情報があるはず。何でもいい。


 ”橋本太郎 政治 事件" と検索してみる。30件を超える記事がヒットした。


「ビンゴ」


 思わず声が出てしまった。幸いひかりの行動を気にするものは誰一人としていない。


 マウスを操作し、関連のありそうな記事を探す。


「橋本 太郎氏 襲われる」

「高齢者向けマンション建設 自治体参入!?」


 最近の記事については、秋子のスクラップで読んだ内容と同じもので、目新しいものは見つからない。


 さらに過去の記事に遡ってみる。すると気になる記事がピックアップされた。


「橋本 龍一氏(65) 死去 … 龍一?」


 どこかで聞いたような…。橋本代議士のお父さんってことかな?


**

橋本 龍一さん(65)死去。2000年8月15日自宅で倒れているところを、長男太郎(31)さんが発見。特に目立った外傷もなく捜査は難航。

**


「上条さーん」


 誰かが呼ぶ声がする。

 ひかりは慌てて、ライブラリーをログアウトし、声の主を探す。受付近くにいつも座っている女性から声をかけられた。


「お客さま〜」


 いかにも面倒臭そうに、顔だけこちらに向けて叫んでいる。内線電話というものを知らないのかしら。ひかりは少しイラつきを覚える。


「今いきまーす。」


 今日は、特に誰かと会う予定はない。誰だろう?念の為名刺をカバンから取り出し、慌てて受付に向かった。


 受付には、見覚えのある男性が立っていた。先日受付に来ていた男性。少し影のあるイケメン。何の用だろう?と思いながらひかりは男性に声をかけた。


「お待たせいたしました。上条 ひかりです。」


 男性は、ゆっくりと振り返った。目が会う。寂しそうな目が印象的だった。


「あの、申し訳ないのですが、初めまして。ですよね…?」

「あ、すみません。初めまして。宮下勇二と申します。秋子さんには生前お世話になっていまして…。上条さんは、秋子さんのご友人の方ですよね?」


 宮下青年は、ひかりより少し年下なのだろう。若い子特有のキレイな肌と、鍛え上げられた筋肉が服の上からでもよくわかる。かなりイケメンで、周りの目を惹きつける魅力がある。もう少し背が高かったら、モデルだと思ったに違いない。


 ここでは何なので。と二人は近くの昭和な喫茶店に入店した。レトロ感ある店内。お世辞にも綺麗な店構えではないところが、ひかりは気に入っている。ここならお客も少ないので、話を人に聞かれることはないだろう。マスターは元警察官とのことで、口も硬い。


「秋子さんとは、山梨のとある場所で初めてお会いしました。」


 一息ついたところで勇二が机の上のコーヒーを見つめながら話し始めた。


− 山梨? もしかして…。


「彼女は預言者について調べている。と言っていました。 上条さんはどこまでご存知ですか?」


 勇二の目がしっかりとひかりを見つめる。嘘のないまっすぐな目。信じて話して良いものだろうか…。


「私は…。」


 勇二は小さくため息をついて、またコーヒーに目を落とす。


「ご存知ないなら、いいんです。信じてもらえるかわからないですが、僕は預言者、地元では、”お使い人”と呼ばれる人物に支えている身なんです。」


 ひかりのコーヒーカップが音を立てた。預言者はいる。秋子はそれを調べていた。

叫びたい衝動をグッと堪える。おのずとカップを握る手に力が入る。


「この時代に、予言とか笑っちゃいますよね。でもいるんです。不思議な力を持った者が。神からの贈り物だという人もいます。」


「それって、橋本代議士の事件の時に、一時噂になった預言者のこと、ですよね?」

「はい。橋本氏は、屋敷の方にも何度もいらしていました。僕はそこまで詳しくはないですが。」


 苦笑いなのか、自嘲気味に勇二は答えた。


「秋子は、何を調べていたんですか? 橋本代議士のこと?」


 沈黙…。重たい空気が店全体に漂っているようだ。店の端に座っている老人が新聞を折りたたむ音が聞こえる。店内はそれほど静かなのだ。


 勇二は、より一層声を落とす。


「それだけでなく、秋子さんは… 預言者のこと、村全体のことについて興味を持った様でした。」

「村全体?」


「はい。村全体と言っても、歴史や、言い伝え、過去の事件。などでしょうか。。」


「それって、鬼追村きおいむらのことですか?」


 今度は勇二が驚く番だった。


鬼追村きおいむらのことを、知ってるんですか?」

「知ってる、と言う訳ではないんです。私も知りたいくらいです。地図にもネット検索にもヒットしない村が、今時あるなんて信じられなくて。」


「知らない方がいい。」


 勇二はうつむき、そう言った。声が震えている。


「宮下さん…。」


 ひかりは何と声をかけていいか、うまい言葉が見つからなかった。自分もそうであったように、秋子の死に罪悪感を感じている人物がここにもいる。


「教えてください。秋子が何を調べていたのか。秋子の死は事故じゃなく…」

「僕にはわかりません。でも彼女が "お使い人” に興味を持ってしまったのは、僕が話したからに違いないんです。」


 すみません。と勇二は声を落とした。泣いているのだろうか。


「私も、秋子の死について真実を知りたいと思っているんです。知っていることを教えていただけませんか? どんなことでもいいんです。知りたいんです。」


 秋子のことを。自分のこと。全てを知りたい。


「上条さん…。」


 勇二の拳が強く握られているのが分かった。彼もまた後悔と罪悪感に押しつぶされそうなのだろう。


「わかりました。僕が秋子さんに話をしたこと全て、お伝えします。ただ、僕の話が役に立つのかわかりませんが。」


 と前置きをし、勇二は "お使い人” について話し始めた。


「”お使い人”は、"預言者”とも呼ばれていて、人々に災いが起こらないよう、未来を予知し、伝える役割を担っています。昔から鬼追村には、その能力を神から与えられた者がいます。だから、大企業の役員や、政治家などが頻繁に、”お使い人”のところにやってくる。」


「その中の一人に橋本代議士がいたんですね。」


 ひかりは思わず声を出してしまった。


「はい。橋本代議士の事件については、もうご存知ですよね?」

 

 ひかりは頷く。


「橋本氏は、今の ”お使い人” に深く関わりのある人物のようで、彼が来る日は、我々も、屋敷の中に入ることも許されないんです。」


「宮下さんは、 "お使い人”と言われる人に雇われているのですか?」


 ひかりは、勇二の素性について聞いていなかったことに、今更ながらに気づき、聞いてみることにした。


「雇われている、と言うか、屋敷の使用人。といったところでしょうか。僕の立場については、秋子さんにもお話していたので、きっと彼女は僕に興味を持ったんだと思います。」


「使用人…。ですか…。」


 使用人がいる家=お金持ち。と言うことが頭をよぎる。確かに、あの写真の建物も、大きくて立派だったことを思い出し、使用人がいることも合点がいった。


「秋子さんに話をしたのはここまで。大した情報でなくて申し訳ないです。でも、彼女は、その家のことや、村のことに非常に興味を持ったようで、昔の書物や何かがあったら、見せてほしいとお願いされました。」


「それは…。」


「昔のことや、おいえのことには触れてはならない。と子どもの頃からきつく言われてきたのですが、彼女の熱意、信念といった方がいいのかな? 何か力になりたくて…。鬼追村きおいむらの史料を送りました。 ご覧になっていないですか?」


「いえ…。それは本か何かです?」


 秋子の遺品にそんなものがあったのだろうか?記憶にない。悟が持っている可能性はある。でも、じゃーなぜその話が出なかったのだろう。彼は今、このことを調べているはず?


「はい。直接お渡ししたので…」


 勇二の声が遥か遠くから聞こえるような気がした。悟が持っているのか、犯人が持ち去ったのか…。頭の中で思考がぐるぐると回り出す。


「上条さん?」

「あ、ごめんなさい。秋子の遺品には見当たらなかったので。」


 勇二の顔が曇る。


「内容は知ってるのですか?」 


 そこに大きなヒントが隠されている気がしてひかりは聞いてみる。


「いえ…。中は見なかったので‥。地元の年長者の方なら何か知ってるかも。」


 申し訳なさそうに勇二は答える。もし史料が見つからなかったら、家の者が持ち出しに気づいたら…。それを気にしているのかもしれない。


 もう1つ、ひかりには確認しておかなければならないことがあった。


「宮下さん。もう1つ聞いていいですか? その…、その "お使い人" って…」


 勇二はコーヒーを一口すする。コーヒーは、もうだいぶ冷たくなっていた。ゆっくりとコーヒーカップを置いて、勇二はひかりを正面から見つめた。


「はい。”お使い人”は‥、あなたに、そっくりです。」

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