第11話 「歪み」

 月がとても綺麗な夜だった。

 大きなまんまるなお月様。二人の少女も夜空を見上げている。


「あーちゃん、お月様キレイだねー。」

「ねー綺麗だよねー。知ってる〜? お月様にはねー、うさぎさんが住んでるんだよ。」

「あーちゃん、それはウソだよ。」

 えー。そうなの〜? と 二人の少女は少し興奮気味で楽しそうだ。


「さぁ、二人ともそろそろ寝ないと、明日にさわりますよ。」二人の母、柚莉愛ゆりあがそっと部屋に入って来た。


「あ、お母様!」


 二人は布団の波をかき分け、窓際から慌てて自分の布団の中に滑り込んだ。

 柚莉愛ゆりあは優しく少女たちを包み込み、額にキスをした。


「そろそろ寝てくださいね。明日はおお婆さまの紅夜様に会える日ですよ。」


 優しい、穏やかな声。


「ねぇ、お母様。|紅夜≪べによ≫様はまたお話いっぱい聞かせてくださるかしら?」


 首をかしげながら、あーちゃんと呼ばれた少女が問いかける。

 さらさらした髪が柚莉愛ゆりあの腕にそっとかかり、お風呂上がりの香りがふんわり漂う。


「そうね。|紅夜≪べによ≫様、きっと話してくれるわ。二人が良い子でいてくれるならね。」


 柚莉愛ゆりあはそう言いながら、二人を布団に寝かしつける。


「ねぇ、お母様?」

「なぁに?あっちゃん」


 柚莉愛ゆりあが、電気を消そうとしたとき、少女は大人びた目で柚莉愛ゆりあを呼び止めた。


「私たちの弟にはいつ会えるの?」


「‥」


 柚莉愛ゆりあは驚きのあまり、言葉につまってしまった。


 柚莉愛ゆりあのお腹のなかには確かに新しい命が宿っている。でも誰にもまだ話してはいない。旦那の|篤郎≪あつろう≫にすら話していない。いや‥話せるはずもない‥。


「どうして? 弟がいれば良いなって思ってるの?」


 柚莉愛ゆりあは、心拍数が上がっているのを実感していた。見透かされたような気がしたのだ。


 そう、柚莉愛ゆりあは迷っていた。生むべきか‥。

 |紅夜≪べによ≫に、相談しようと思っていた矢先だったのだ。


「ううん、私たちの弟、まーくんがね、早く一緒に遊びたいって言ってるの。」

「あーちゃんすごーい。私にはわからないよー。本当なの?お母様?」


 キラキラした目が柚莉愛ゆりあを見つめる。


 何て答えていいか戸惑っていると、入り口の方からねちっこい声が聞こえた。


柚莉愛ゆりあ、明日の準備があるだろ? 父上もお待ちだぞ。」


 ゾクッとするような、肌にまとわりつくねちっこい声。柚莉愛ゆりあはいつも観察されているような気配を感じている。いつ頃からだったか‥。子どものころは信頼の出きる善き相談相手だったのに‥。


 二人の少女は柚莉愛ゆりあの手をぎゅっとにぎる。

 大丈夫よ、柚莉愛ゆりあは優しく二人の布団を直す。


「はい。お兄様。今行きますから先にお部屋に向かっていてください。」


 柚莉愛ゆりあは動揺を見透かされないように、落ち着いた声で伝えた。


 お兄様と呼ばれた人物は、スッと明かりの奥に消えていった。


 この人物について少し話しておこう。

 柚莉愛ゆりあの実の兄、純一郎じゅんいちろう。二人の少女にとっては叔父にあたる。

 背は高く痩せている。特に仕事をしているわけでもなく、何をしているか家族にもわからないことが多いい。あまり人とも関わることもなく、彼女がいたという話しも聞いたことがない。

 そんな純一郎が、唯一関心を示すのが柚莉愛ゆりあだった。


 子どものころは、頼りになる兄がいて柚莉愛ゆりあも、鼻が高かった。が、いつしか自分が兄を守らなければならない存在になり、今は恐怖すら感じる。そんな存在。


「さ、また明日お話しましょう。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい」


 柚莉愛ゆりあが出ていき、部屋に差し込む明かりが消えた。


 幸せな時は長くは続かない。


 歪んだ一粒の感情が大きな波紋を生み、誰も止められない道に進む。


-おやすみなさい。

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