第10話 始まり

 上司から頼まれた資料のために総務エリアに来てみると、見覚えのある顔が前方からこちらに歩いてくるのが見えた。


 相当面倒だったのだろう‥、段ボールの蓋も閉じず、総務のエリアにやってきたその人物は、サラダのポッチャリ女子だった。


「雛型さんの荷物なんだけどご家族に送りたいの。伝票とかある? 着払いで。」


 いかにもめんどくさそうに、総務の受付代わりの棚の上に、段ボールを無造作に置く。


 ドスンと音がした。


 総務女子はチラッと荷物に目を向け事務的に応えた。


「今日の集荷は、終わってますよ。伝票ならその棚の上から二番目に。ちゃんと梱包してください。」


 サラダのポッチャリ女子は、あからさまに嫌な顔を向けた。パフォーマンスかもしれないが、これでは誰も手伝ってはくれない。


 ひかりは印刷物をとりにきたついでに、このやり取りに遭遇。ラッキーだった。


「あの‥今雛型さんの荷物っておっしゃいました?」


 笑顔を忘れずに、ひかりはサラダのポッチャリ女子に、話しかけた。


 どうやって総務に文句を言おうかと考えていたポッチャリ女子は、何か?と言わんばかりの不機嫌な顔をひかりに向ける。


「あ、ごめんなさい。私エッセイ部の上条と申します。突然にごめんなさい。」


 ポッチャリ女子は、何この子?という姿勢を崩さずひかりの方に体を向けた。

「雛型さんとは同期で、ちょうど今夜、ご家族のところにお線香をあげに行くことになっているので、何か私に出きることがあればと。」


 サラダのポッチャリ女子の顔に笑顔が張り付いた。


「あら、雛型さんの同期なのねー。この度は‥本当にやりきれないわねー。」


 あなたも元気を出してね。と言いながらひかりの全身チェックを行うように目線が上から下へと流れる。


 居心地が、非常に悪い‥。


「もしよかったら、私荷物預かりましょうか? そんなに重くないようであれば、ご家族にお渡しできますから。」


 ひかりは相手を労るようにそう提案してみる。


 ぽっちゃり女子は少し考えた後、今日中に送る約束をしていたので、実は困っていたのー。と言いながら、段ボールをひかりに渡す。


「大丈夫です。確かにお預かりしました。」

「悪いわね。ご家族の方にもよろしくね。」

「はい。確かに。」

「そういえば雛型さんとは仲が良かったの?」


 こんなことになるなんてね‥。神妙な顔の演技。


 ひかりは段ボールを抱えて、挨拶をしその場を去ることにした。サラダのポッチャリ女子は、まだ話をしたいようだったが、遮るように挨拶をする。


「じゃぁ、おまかせください。行って参りますね。」


 総務女子も自分に関係ないと言わんばかりに自席に戻っていった。



 段ボールは、そんなに重くもなかった。パソコンは、入っていない。


− パソコンやiPadの類いは見当たらないか‥悟さんが持っていたあれが秋子のものだったのかな‥。


 文房具、赤ペンが何本か。取材ノートなのかノートが何冊かとスクラップブックが、2冊。


 気になってスクラップブックをパラパラと、めくってみた。

 どれも秋子が後日取材に向かった事件の切り抜き。


 一番新しいページには、政治家の暗殺未遂の切り抜きもあった。


「秋子‥」


 秋子がこの事件の何かを調べていたことは疑いのないもののようだ。


− 予言者か‥。


 ひかりはそう呟きながら記事を指でなぞる。


− うん?


 指先に違和感。何かが挟まっているようだ。ひかりはペーパーナイフを取り出し、暗殺未遂事件の切り抜きのノリの部分を慎重に剥がしてみた。


 そこには、切り抜きと同じサイズの薄い台紙のようなものが挟まれていて、その中央に薄いメモリチップが埋め込まれていた。


− これは、、? 


 今すぐ確認したい衝動を抑え、取り出したチップを机の上にあったケースに入れ、ポケットに忍ばせてみる。


− 後で確認してみよう。悟さんにも伝えなくちゃ。


 ひかりはスマホを取り出し、悟にメッセージを送った。


『秋子の私物を受け取りました。何か秋子が調べていたことのヒントがわかるかもしれません。』送信。


「既読にならないや…。」


 今夜話そう。iPadの行方も、秋子のスマホの中身も気になるし。

 最後に秋子が何を調べていたのか、大体の察しはついた。あとは、その裏付けを…。


 ひかりは、残りの仕事を片付け、秋子の荷物を袋に詰め替え持って帰ることにした。


 帰り際、この時間には珍しく、フロアに来客がいた。

 受付の対応をしている女子が、少し困っている。何かのクレーム?


 見てはいけない。巻き込まれないように。と思いつつ、その受付にいる青年と目が合ってしまった。


 同い年くらいで、優しくどこか悲しげな雰囲気に、ひかりは一瞬心を奪われた。悟とはまた違った、冷たい優しさをもった青年。


 ひかりは、軽く会釈をしエレベータホールに向かった。

 その青年が驚くようにひかりを見つめ続けていることも知らずに。


「あ、あの人は?」


 青年は受付の女子にそう言っているように聞こえた。


 エレベータの扉が閉まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る