第8話 「予言」

「光と闇が交わる時、光は闇に飲み込まれる…。」


 二人の少女は、白髪の老婆の側に大人しく座って、老婆の皺々の手を珍しいものを見るかのように見つめていた。

 曽祖母そうそぼにあたる、紅夜べによは宙をみながら、苦しそうに呟いた。

 いつもの曽祖母とは違い、何か重々しい空気をまとっている。


紅夜べによ様、どうしたの?」

「具合でも悪いの?」


 沈黙が続く紅夜べによを気遣い、二人の少女は話しかける。

 皺くちゃの顔からは、表情が読み取れない。急に二人の少女は不安を覚えた。大人たちを呼んで来るべきか…。


「お…鬼が来る。」


 皺々の、骨と皮しかないような紅夜べによの手が空を掴もうとしている。震える手。喉の奥から絞り出すような、重々しいうめき声。

 少女たちは、ただ、この状態を見守ることしか出来ずにいた。


 紅夜べによの手は、空をつかみ損ね代わりに自分の腕を握りしめた。縮こまり、何からか身を守るような姿勢。血の臭いがする。

 あまりにも力強く自分の腕を握りしめたことで、爪が皮膚に食い込み、血が滲み出ていたのだ。


「あーちゃん、お母様を呼んできて。」我にかえり、一人の少女が叫んだ。

紅夜べによ様!」


 腕を離そうとするが、子どもの力ではどうにもならないほど強い。血が白い着物に赤い印をつけ、滲み出していた。


 あーちゃん。と呼ばれた少女は、呆然と曽祖母の成り行きを見つめている。

「あーちゃん。」


 少女は叫んだ。


 曽祖母の体が揺れ始めた。ぶつぶつと何か言っている。


 大好きな曽祖母なのに、ここにいるのは全くの別人に思えた。

 血の臭いが濃くなる。


「鬼が来る。皆殺される…。」


 紅夜べによは、呪文のようにぶつぶつと同じ言葉を繰り返し、体を大きく揺さぶり始めた。


「逃げなさい…。あ、あぁ…。鬼が、鬼が…。」


 もう、止められない。と思ったその瞬間。

 異変に気づいた大人たちが部屋に入ってきた。


 二人の少女は、部屋の外へ連れて行かれ、大人たちは、バタバタと部屋を出たり入ったりしている。

 子どもながらに、何かが起きたことを悟った。


 二人の少女は紅夜べによから解放された安堵感と、もう紅夜べによに会えないのでは?と言う寂しさから、声をあげて泣きじゃくった。

 泣いて、泣いて、疲れてそのまま眠りにつくまで泣いた。


 それからしばらくして、紅夜べによは帰らぬ人となった。


 葬儀は村をあげて盛大に行われた。広い屋敷の中を大人たちが準備に追われている。

 曽祖母、紅夜べによの部屋は広い庭を挟んだ向いの離れに建っていた。離れと言っても立派なもので、紅夜べによの部屋からは大きくて立派な桜の木がよく見えた。


「これで紅夜べによ様も、お使い人から解放されて、ほんによろしゅうことで。」

「次のお使い人は、孫の|柚莉愛≪ゆりあ≫様かね〜。」

「だな〜。娘の|小夜≪さよ≫さんは、鬼に愛されとるから、お使い人にはなれんでしょう。」

「しっ。声がデカイ。|小夜≪さよ≫さんに聞かれたら、大変なことになるで。」

大人たちが話しているのが聞こえる。お酒の力で声が大きくなっているようだ。


「ねぇ、お使い人って何?」


 二人の少女は、そばにいる父親に聞いてみた。子どもは知らなくていい。もう少し大人になったら、イヤでもわかるさ。手に持ったビールをぐいっと飲み干し、父はそう応えた。少し寂しそうに…。


− 鬼が…来る。皆を殺しに…。

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