第7話 決意
エアコンの羽が動く音がする。机の上のカップがカランっと音を立てた。
なぜ秋子があんな電話をしてきたのか、なんとなくわかった気がした。
- 私のせいだ。また私の回りで、大切な人が死ぬ。
「ひかりさん?」
悟は心配そうにひかりを見つめた。
「秋子の死が、事故でないなら、真実を突き止めたい。そう思っています。」
悟は、ゆっくりとはっきりとそう言った。悟の覚悟が伝わってくる。
それはひかりも同じ気持ちだ。秋子が何を調べ、なぜ死ななければならなかったのか‥。それが自分と深く関係しているに違いない、自分のせいで秋子が死ななければならなかったのであれば、真相を明らかにする責任がある。
「なぜ、あんなところに行っていたのか、なぜ死ななければならなかったのか、これは事故なんかじゃない。事故でないならこのまま片付けちゃダメなんだ。秋子を殺した犯人を俺は絶対に許さない…。」
悟から、怒りと悲しみが言葉の端々から溢れ出ていた。真実を明らかにしたい。自分の事が始まりなら、この写真の人物と、秋子の死が、全て繋がっている気がしてならない‥、全てを明らかにしなければ…。
ひかりもまた、悟と同じ気持ちだった。だから決めた。悟に話すことを。それが二人の恐怖の始まりだとわかっていたとしても‥。
「悟さん、聞いていただけますか?」
ひかりはどこから話せばいいのか迷いながらも、力強く悟を見つめた。
悟は黙ってうなずいた。
「私、秋子に一度だけ話したことがあるんです。昔の事。私の過去の事。いつか明らかにしたいと思っていること‥。」
言葉を選ぶように、ひかりは話し始めた。
「うまく説明できるか、自信がないですけど‥。」
ひかりはもう一度写真を見つめる。
「私は子どもの頃の記憶がないんです。両親も血の繋がりはなく、私はどこで生まれたのかも、なぜここにいるのかも‥。わからずに、今を生きています。」
悟は黙って、ひかりの話を聞いている。
「私が、20歳になったとき、両親にきかされました。」
少しの間‥。
「自分達は実の親ではない。ということ。そして‥。」
悟が静かに相づちをうつ。
母も父もこの話をしてくれた後、他界した。自殺として片付けられたが、今も信じられない。話してはいけないことなのかもしれない。
ひかりはためらった。悟に話すかどうか。これ以上‥。
あの時、母も父も、白い服を着ていた。この写真の人たちと同じ様に‥。
二人の血で赤く染まった服。家具や壁に飛び散った血。忘れようとしていた光景が脳裏によみがえる。
− ごめんなさい…。全て私のせい。父と母の死も、秋子の死も。でも…。
「ひかりさん?」
悟の暖かい手が、ひかりの手を握りしめた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ごめんなさい。」
大丈夫です。とひかりは言い、もう一度写真に目を向け話し始めた。
深く深呼吸をして‥。
「私の本当の父は、母、弟、親族、村の人を‥殺害し、自殺をしたのだと聞かされました。私の存在に困った親族が、里子にだしたと。父が起こした事件も、調べてみましたが‥新聞の記事にもそれらしいものが見当たらなくて‥。今となっては、何が真実かもわからずじまいなんです。」
「それを二人で明らかにするつもりだった‥。」
「はい‥。でも話はまだ続くんです。」
どうゆうこと?と悟はひかりの話を促す。
エアコンの音が、大きくなった気がした。
「この話を両親がしてくれた後、母は何かに怯えたようになりました。そして‥その後しばらくして‥、二人とも亡くなりました。父の無理心中ということで処理をされましたが、不可思議なことばかりなんです。」
『ひかり、やっぱり何かおかしいよ‥、大きな何かが、隠されてるような気がする。ひかりの本当のお父さんは殺人犯なんかじゃないのかもしれない。だってそんな事件、過去の記事にも見つからなかったんでしょ? 変なことだらけだよ。何かがきっとある。そう思うよ。』
秋子が、いつも以上に大きな声で
『必ず真相を明らかにしよう。ひかりが望むなら、私は全力で協力するよ。』
あの時の秋子の真剣な目が、忘れられない。ジャーナリスト魂だとかなんとか言っていたけど、初めて自分の人生の重荷を理解してくれる人に出会った。そんな気がして、優しい空気に包まれた。それが秋子だった。
秋子のいない今‥涙が溢れてきた。
秋子が眠るとなりの部屋に目を向ける。
「私の大切な人は、いつも遠いところへ行ってしまう。」
涙が頬を伝う。
「ひかりさん、話してくれてありがとう。秋子はきっとどこかで、ひかりさんに似たこの人物を見かけた。それが何を意味するのか今はわからない。でもそこで何かが起きた。ひかりさんと秋子の件は何かで繋がってる。そう思います。糸口はこの写真と、秋子が最後に調べていたこと、そしてひかりさんの過去の事件。ということです。」
悟は、次にやることが見つかったと言わんばかりにそう言った。
「この写真の女性が誰なのか、君との関係は何かを調べてみます。」
悟はひかりから写真を受け取る。
「私にも調べさせてください。」
ひかりは悟にそう伝えた。
悟の顔に、明らかに困惑の色が見えた。
「知りたくない事実が明らかになるかもしれないですよ。」
「わかっています。でも知らなければならないんです。秋子の死の真相も。私も知りたい。知らなければならないと思うんです。」
真実を‥。そして償いを。
節子が淹れたお茶の氷が、カランっと音を立てた。
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