第5話 突然の死
ひかりは、電車のボックス席に座り秋子の事故について調べていた。何か状況がわかるかもしれない。そんな期待を込めて。
色々思い当たるキーワードを入れて検索してみるが、秋子の事件と思われる記事は見つからなかった。
まだ公表されていないのだろうか、それともよくあるささいなことして記事にもならないのか。
横浜を過ぎたあたりから、景色は縦長から横長に変わり、青空がよく見えるようになっていた。遠くに大きな入道雲が見える。雨が降るのかもしれない。
雨は嫌いじゃない。全てを洗い流してくれるから。
もうすぐ、悟と約束した最寄り駅に到着する。
同期のグループのLINEに、たくさんのメッセージが飛び交っていた。話題は秋子の葬儀について。
いくら包む?どこで待ち合わせる?など。秋子の死を悲しんでいるメンツがはたして何人いるのか疑問だ。そう思うと無性に腹が立ってきた。
メッセージをとりあえず既読にして、スマホを閉じる。
悟とは、南口のバスロータリーで待ち合わせた。
近くに海水浴場があるようで、コパトーンの香りがする若者で賑わっていた。この中から、悟を見つけ出せるのだろうか。
秋子の兄ということは、見ればすぐわかるだろうと甘く考えていた。目印を聞いておくべきだった…。
ひかりが不安を感じ始めたころ、少し遠くの方に停まっていた黒のステーションワゴンから、一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。
白いTシャツにジーンズ姿、サングラスをかけている。嫌味なくサラッと着こなしている、大人な落ち着いた感じ。若干ボサボサの寝癖風の髪型も魅力の1つなのかもしれない。
「ひかりさん?」
サングラスを外しながら、その男性が声をかけてきた。電話と同じ優しい声。そして優しい目をしていた。顔全体からは疲れの色を感じる。笑顔を作ってはいるが、気が緩むと倒れてしまうのではないか。そんな印象を受けた。
背が高く、鼻筋の通った凛とした顔立ち。秋子と同じだ。
「はい。上条 ひかりです。悟…さんですか?」
ひかりはカバンから名刺入れを出し、悟に渡す。職業病の1つだ。初めて会った人に名刺を渡さずにはいられない。
悟は片手で名刺を受け取り、少し口元が緩んだように見えた。
「ひかりさんも、まずは名刺を出すタイプなんですね。秋子と同じだ。」
「ひかりでいいです。秋子もそう呼んでくれてましたから」
初対面でそうはいきませんよ。と名刺をジーンズのポケットにしまいながら悟は答えた。
「暑いですよね。車の中で、話しましょう。実家までは、ここから車で20分くらいなので。」
と言い、サングラスをかける。
「よくわかりましたね。こんなに人がいるのに‥。」
悟の後ろをついていく形で、ひかりは尋ねた。
「喪服を着ている人は、ひかりさんだけでしたよ。」
さぁ、どうぞ。と言って助手席のドアを開けながら悟は答えた。
黒のステーションワゴン車。車のことは詳しくはないけど、新しい車だということは理解できた。
後ろの席には、カメラが入っていると思われるカバン、寝袋?などが綺麗に置かれていた。フラットになっている後部座席部分は広く、ここで寝泊まりもできるんじゃないかと思う。取材に使っている車なのかもしれない。
商店街を抜け海の方向へと車を走らせる。秋子もここで育ったのだろうか。これから海に行こうという若者達が、海の方向に向かってぞろぞろ歩いている姿も見られた。
沈黙が苦しい。
「あの…。秋子も子どもの頃、ここで育ったのでしょうか。。?」
なんとも間抜けな質問をしたな。とひかりは後悔した。ジャーナリストを目指してる人間の言葉とは思えない。
そんなひかりの心中などはお構いなしに、悟は言葉を拾った。
「いや、秋子も子どもの頃は札幌に。親父の仕事の関係でこっちに来て、そうだな‥、20年近くなるかな。」
札幌。秋子からそんなことを聞いたことがなかったので純粋に驚いた。
「そうなんですね…。秋子のことまだまだ知らないことがいっぱいあったんですね。」
家族でも知らないことはたくさんありますよ。と悟は悲しそうに言った。
「暑い中、ここまで来てくれてありがとう。まだお礼も言ってなかったですね。」
悟はちらっと助手席のひかりに顔を向けた。サングラスをしているので、表情は読み取れない。
「いえ…。 秋子は私にとって、大切な仲間だったから。。まだ秋子のこと…。信じられなくて…。」
ひかりは膝の上にある自分の手を眺めながら言った。
「俺もです。」
沈黙。重たい空気が車の中を漂う。ひかりは悟が次に何か言うのを待った。
悟が重たい空気の中をかき分けるように、話し始める。
「警察から連絡があったのは、先週の土曜日でした…。秋子から、数日前に何度も連絡をもらっていたのに、気づいてやれなくて…。」
悟の苦しさが伝わってくる。ハンドルを強く握りしめているのがわかる。
警察からは、妹さんと思われる女性の死体が、磐梯山の山の中で見つかったと連絡が来たこと。道路に転がっていた秋子の荷物を不審に思ったドライバーが崖の下を除き発見したこと。秋子の体には無数の切り傷がついていたこと。など話があり、遺体の確認に来て欲しいと連絡があった。と悟は話してくれた。
「秋子は、足を滑らせ落下し、20m近く斜面を滑り落ちた。その時に折れて剥き出しになった木の枝が、秋子の体を貫通し、それが致命傷になったんだろう。と警察から説明を受けました。なぜそんなところを歩いていたのか、そもそも歩けるところなのか…。一人だったのか…。誰かと一緒ではなかったのか…。なぜ荷物は道路に残っていたのか、即死でないなら、なぜ秋子は携帯を使わなかったのか…。その理由は全くわからずじまいで…。秋子の死は事故として片付けられるようです。」
「そんな…。」
何もかもが辻褄が合わない。変だ。なぜ? 理由もわからず、片付けられてしまうなんて…。残された家族の気持ちを考えると、胸が締め付けられる思いがした。
「もうすぐ着きます。」
大きな悲しみを抱えながら、車は少し細い路地へ入っていった。
もうすぐ、秋子に会える。心の準備はできているのだろか…。
あの時ちゃんと話を聞くことができていたら、状況は変わっていたのだろうか…。悲しみと罪悪感で押しつぶされそうだ。
−秋子に会いたい。
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