第4話 「鬼は血の臭い」

「ねぇ、あーちゃん。 もう少し奥へ行ってみましょうよ。」


 小さな女の子が二人。 ぽっかりと穴を開けた洞窟の入り口でヒソヒソ話をしている。

 もう夜も遅い。二人は寝たふりをして家を抜け出してきたのだ。


「ここは、お婆さまにも近づいてはならない。と言われてるところでしょ? 見つかったら怒られるわ。」


 あかりという名の少女は怯えていた。早く家に帰ろうと訴えかける。

 もう一人の少女は、怒られることよりも、この先に何があるのかを知りたくて仕方がない様子だ。


「そうね。怒られるかもしれないわね。でも昨日もお母様が中に入っていくのを見たの。この奥に何かあるのよ。きっと…。」



「お母様、お家の裏山にある洞窟には何があるの?」


 食事中に大発見を報告する様に、少女たちが聞いたことがあった。すると…、


「子どもは近寄ってはならねぇ。」


 祖母は理由もなく叱りつけた。いつも厳しい祖母ではあったけれど、理由もなく大声を出すような人ではなかったから。


 母は諭す様にこうも言った。


「お母さんも子どもの頃、あなたたちと同じようにあの洞窟を見つけたの。その当時聞いたことは、洞窟の奥から体に悪い影響を与えるガスが沸いているんですって。昔洞窟を調べに来た大人が何人か戻ってこれなくなったのよ。危険だから、絶対に近づいてはダメ。わかった?」


 少女たちは頷くしかなかった。


 たまたま見つけた隠れ家的な洞窟。子どもなら誰もが興味をそそられる場所。もう近寄りません。と約束をさせられていた場所。でも、気になって仕方がなかったのだ。


 近づいてはダメな場所に、どうして母は入っていったのか…。好奇心を抑えられずにいた。


 洞窟の奥は真っ暗で、地下水でも沸いているのか、地面は湿って滑りやすそうだ。カビのような水が腐ったような臭いがする。


 二人の少女は、小さな懐中電灯1つしか持っていない。手を繋ぎ、だいぶ奥まで来てはみたものの、暗闇は恐怖を掻き立てる。家に帰ろう。


 そう思い始めていた矢先、ゆらゆらと揺れる灯りが遠く奥の方に見えた気がした。


 少女たちは懐中電灯の灯りを切り、洞窟のくぼみに身を潜めた。


「誰か、いる?」

「ねぇ、帰ろう」

「今動いたら、きっと見つかっちゃうわ。動かない方がいいと思う。」


 少女たちは頷き、動かないことを選択した。


 ゆらゆらする灯りがだいぶ近くなってきた。どうやら蝋燭ろうそくを持った何者かが、奥から少女たちの方へ歩いてくるようだ。


 足音がどんどん近づいてくる。


 足音が大きくなるにつれて、血の臭いが、洞窟特有のカビっぽい匂いとともに漂ってきた。


− 鬼だ。


 咄嗟に浮かんだのは、鬼という言葉だった。


 少女たちは、幼いころ祖母から聞かされていた。この村に伝わる無惨な鬼伝説を。ゆうことを聞かない子たちは、鬼に食われると。

 鬼は、血に飢えていて生きたまま人を骨ごと食うと言っていた。生暖かい血の臭いをまとい、夜な夜な歩いているのだと。


 母が言っていた。


 洞窟を調べていた人たちが、戻ってこないと。きっとその人たちが人を食う鬼になったんだ。大人たちはそれを隠している…。


− 鬼は、外に自由に出られる!?


 二人は、ぎゅっと目をつぶり、足音が遠くに去るまで耐えた。


 どのくらい目を閉じていたのか、血の臭いは薄くなり、洞窟特有の臭いだけが残った。


「もう、大丈夫そう。もう少し奥に行ってみよう。」


 少女の申し出をあかりは拒んだ。


 少女の袖をしっかりと抑え、これより先には行かせない。と言わんばかりに少女の腕を握りしめた。


「ダメ、帰ろう。嫌な空気が濃くなっている。これ以上はダメ」


 あかりは不思議な少女だった。第六感というのか、時々本人しか知らないことを言い当てる。そんな時は決まって、急に大人びた視線と口調になる。


 今がまさにそうだ。

 あかりは何かを感じ取ったに違いない。


「帰ろうか」


 二人は、来た道をゆっくりと帰る。今日のこの冒険は決して忘れない。鬼の存在もいつか明らかにする。そう誓って…。


※ ※ ※


 洞窟の奥、血の臭いが濃くなっている。

 洞窟の窪みを利用した牢獄。

 一人の女性がぐったりと横たわっている。


 足首には鎖が繋がれていて、その先は地面に深く深く固定されている。

 牢獄の端から端まで歩けるくらいの長さの鎖。決して扉を開けて出てはいけないそんな長さ。


 女性は生きているのか…。


「た…助けて」


 顔を殴られ、腹を蹴られ、身体中アザだらけだった。少しでも体を動かすと激痛が走る。ナイフで切り刻まれた後もある。傷跡は残り、さらに傷は増える。


 いっそのこと死んでしまった方が楽なのではないか。。


「殺して…。」


 懇願してみるが、決して致命傷は与えられることはない。苦しむ様を楽しんでいるかのようだ。

 苦痛に歪む顔が見たいと、傷つき溢れ出た血を舐めながら、男は言う。


 この行為はいつまで続くのか。

 どのくらいここに居るのか。今何月で何日なのか、それすらももうわからない。


 気を失うと、男は殴り水をかけ目を覚まさせる。

 その繰り返し。

 男が満足するまで、行為は繰り返される。


 男は全身に血を纏いながら、嬉しそうに言う。


「お前は俺のものだ。」


 血のついた大きな手で、頬を頭を撫でる。血の臭い、ぬるっとした手。


 ここから逃げる、そんな気力も残っていない。


− 助けて…。


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