第8話

「魔神の肉って美味しいのかなぁ……」

「食ったことはないが……腹を下すなよ?」

「焼くから大丈夫だよ」


 そういう問題だろうか、とテールは呆れ半分でライを見守っていた。


 魔神は、倒された。すでに細切れに近い状態になっていた。テールが破壊して、ライが切り刻んだのだった。

 なぜそこまで細かく切る必要があるのかと、テールは疑問を抱いていた。その答えは食べるためだったらしい。


 勝負は一方的だった。テールもライも息を切らしていなかった。


 本当にテールは強かったのだ。本当にライは強かったのだ。お互いにそう思った。


 ライが近くの木を集めて、火を炊く。どうやら本気で魔神の肉を食べるつもりのようだ。


 それを見て、テールは近くの岩に腰を下ろす。もしも腹を壊したら医者のところくらいは連れて行ってやろう、と思ってた。


 そんな静かな広場に、老人の声が響いた。


「やれやれ……せっかちな村人共じゃ……」


 そこに現れたのは、小柄な老婆だった。派手な衣装を身をまとい、テールたちに近づいていく。


 それを見つけたライが、肉を焼きながら、


「お……ルカちゃん。どうしたの?」


 ルカちゃん。明らかにライのほうが年下にテールには見えるのだが、年上に対してそんな呼称を用いても良いのだろうか。


「そうそう。約束は守っているようだね」ルカちゃんは満足そうに、「皆、私のことをビルカ様と呼ぶが……ルカちゃんと呼びなって言ってるんだけどねぇ……そう呼んでくれるのはあんただけだよ」


 本人がちゃん付けで呼んでほしかったらしい。ならばしょうがない。

 であるならば、自分のこともテールと呼んでくれよ、とテールは思った。


「あんたがビルカ様か」

「ルカちゃんとお呼び」

「そうか。ならばルカちゃん」

「見かけによらず素直だねぇ……」

「名称なんてどうでもいい。個体が識別できればな」

「じゃあ、テルって呼ばせてあげな」


 ぐうの音も出なかった。個体が識別できているのなら、ライがテールのことをテルと呼んでも問題ないはずだった。自分で自分を論破してしまったテールだった。


 そもそも、なぜライがテールの事をテルと呼んでいることを知っているのか。それがテールの疑問だった。


「はっはっは」ビルカは老婆とは思えないほど豪快に笑う。「私は占い師だからねぇ……それくらいお見通しよ」


 それからビルカはテールの刀を見て、


「そいつは……『ばく』だろう?」

「よく知っているな」

ばく?」肉を焼きながら、ライが尋ねる。「ばくって何?」

「その男が持っている刀の名前さ」ビルカが解説を始める。「妖刀ばく。人々の悪夢を喰らう刀。悪夢ってのはその人が抱えている重大な問題さ。つまり……人々の問題を解決できる力を持った刀さ」

「じゃあ良い刀だよね。なんで妖刀なの?」

「刀が喰らった悪夢は、すべて使用者に集約される。人々を救えば救うほど、使用者は悪夢のようなトラブルに巻き込まれるのさ」

「悪夢のようなトラブル?」

「例えば、村に到着した途端、魔神が蘇ったり」

「ああ……なるほど。だから急に魔神が蘇ったんだ」


 言ってから、ライは魔神の肉にかぶりつく。そして「あ、美味しい。塩が合いそう」などと言いながら、食事を続けた。


「ライ。あんた明日の朝、お腹を壊す」

「ホント? まぁいいや」


 良くはないだろう、とテールは思ったが、口には出さなかった。


「とにかく」ビルカはライを無視して、「妖刀ばくは圧倒的な切れ味と引き換えに呪われているのさ。そして、もう1つ大きな特徴がある」

「……」ライは肉を飲み込んで、「特徴?」

「ああ。それは『選ばれし者にしか抜けない』ということ」

「そうなんだ……だからテルは鞘のまま使ってるんだね」

 

 テールが自嘲気味に笑いながら、


「そういうことだ」

「ふぅん……」ビルカがテールの刀を見て、「選ばれていないものが使ったら、重くて使い物にならないと思うんだが……」

「たしかに重いな。だが、その重量のお陰で威力が出せる」

「なるほど……」ビルカは呆れ半分関心半分、「選ばれてないから刀は重い。そして選ばれていないから刀身を拝むことは不可能……だからこそ、強度もバッチリってわけだ」


 妖刀ばくの鞘は抜けない。壊そうとしても壊れない。つまり、絶対に壊れない強度を持っているわけである。

 もしもばくの鞘を砕くことができたのなら、その人物は選ばれし者。喜んで刀を譲ればいい。


「にしても、村人たちもせっかちだねぇ……魔神が村を襲うって言った時点で大騒ぎじゃ。変人2人が魔神を倒すから心配いらん、とワシは忠告したんだが……」


 これで評判が多少落ちるねぇ……とビルカは頭をかいたのだった。

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