第5話

 ライとテールが広い場所を目指して歩いていると、


「号外! 号外!」一人の男が紙をばらまきながら、大声を出して走り回っていた。「ビルカ様の予言だ! 今日の夜、魔神が村を襲うって話だ!」


 その騒ぎはだんだんと大きくなっていく。そして人々が家から出て、撒き散らされた紙を見て、口々に、


「魔神……?」「魔神って……ドゥルールのこと?」「ビルカ様の予言は外れたことないし……」「これヤバいんじゃない?」


 魔神が村を襲う、という情報を仕入れた村人たちは、すぐに大騒ぎを始めた。荷物を持って逃げ惑い、その場はすぐに大混乱となった。


 そんな大混乱の中、道の端で場違いなほど落ち着いている二人組。


「魔神かぁ……」ライはまったく慌てた様子もなく。「また強そうなのが出てきたなぁ……人生に絶望するには早かった」

「それはよかったな」テールも別段慌ててはいなかった。「ドゥルールってのは?」

「ああ……近くの山に封印されてる魔神だよ。何百年か前に大暴れして、封印されたんだって」

「マジか」魔神とマジをかけたダジャレだということに、ライは気づかなかった。「これだけ大騒ぎになるってことは……ビルカという占い師の腕は信用されてるんだな」

「そうだねぇ……外れたことないってさ。私はよく知らないけど」

「占ってもらったことはないのか?」

「ないよ。だって未来がわかるとつまらないじゃない」

「……そうか。そうかもな」

「さて」ライは逃げ惑う人々が目に入っていないように、「早く行こうよ」

「……」テールは少しばかり、不審そうに、「……まだ俺とケンカする気か?」

「そうだよ?」


 何か問題が?とばかりにライは首を傾げる。


「魔神はいいのか? 村人が殺されるかもしれないぞ?」

「うん。それで?」

「……悲しくないのか?」

「……さぁ? 殺されてみないとわからないけど……別に強い人いないし、いいんじゃない?」


 ライが完全に悪気なくその言葉を言っていることは、テールに伝わった。ふざけているわけでも挑発しているわけでもない。悪ぶっているわけでも当然ない。

 ライは純粋に疑問をぶつけている。村人が死んで、それが私になんの関係があるのかと。


 どこかしら壊れているな、とテールは思いつつ、


「少し用事ができた」

「ああ……うん。どれくらいで終わる?」

「今日の夜」

「それまでヒマ? だったら――」

「用事が終わったらな」

「はーい」素直なのは素直だった。「それで……用事って何?」

「魔神とやらを拝みに行こうと思ってな」

「あ、それ楽しそう。私も行く」


 あっさりとそう言って、ライはテールの隣に並ぶ。その様子を見ていたテールが呆れ気味に、


「死んでも知らんぞ」

「死なないよ。私強いもん」

「大した自信だ……だが覚えておけ」

「? 何?」

「自信とは、100%の確率で過信だ。自分より強いものなど、世界中にいくらでもいる。調子に乗っていると、いつか死ぬことになる」

「わかってるよ、そんなこと」ライはあっさりと、「私より強い人に出会えて、その人に殺されるのなら、本望だよ。強い相手と戦うことが、自分の命より大切ってだけ」

「……」

「テルもそうでしょ?」


 テールは意表を突かれたように、


「……何がだ?」

「自分の命より大切なもの、持ってるんでしょ。それが何かは知らないけれど……」

「……なぜそう思う?」

「さっきテルは『自信過剰だと死ぬ』みたいなこと言ってたよね」

「要約すれば、そうだな」

「うん。なのにテルは酒場で『自分は強い』と断言してた。それはつまり『自分の命をかけて宣言してる』ってことだよね」


 自信過剰は命を縮める。それを知っていながら、テルは自分は強いといった。自分の実力に自信を持っているようだった。


「自分の命より大切なもののために、そう宣言したんだよね。その大切なものが何なのかは知らないし、興味もないけれどね」

「……」テールはしばらくライを見てから、「テールだ。テルじゃない」

「そっか。私はライだよ」

「……」


 テールは『手に負えん』とばかりに肩をすくめた。


 二人が話している間に、すでにそのあたりの村人は消えていた。皆大慌てで荷物をまとめて、魔神が封印されているという山とは逆方向に逃げていった。


 ビルカの影響力が非常に高いことが、その状況からも伝わってくる。そして、魔神に対する警戒度も、同時にテールに伝わった。


 しかし、テールに慌てた様子はない。


「さて……行くか」

「はいよー」


 どうにも緊張感がないライだった。

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