第4話

「ごちそうさん」テールはオレンジジュースを飲み終えて、代金を支払う。「騒がせたな」

「騒がせたのはライのほうさ。それより、大丈夫かい? あの子、強いよ。それに……結構残酷だ」

「俺も強いから大丈夫さ」

「自信家だねぇ……」

「自信じゃなくて過信だけどな」

「?」


 テールのよくわからない言葉に、女店主は首を傾げる。しかしその疑問に答えることなく、テールは店の外に出た。


「お……」店の外に出るなり、地面に座り込んでいたライが立ち上がる。「待ってたよー。向こうに広いところがあるから、そっちでやろうよ」

「わかった……だが」テールは向かいの肉屋を指して、「オレンジジュースだけ確認していいか」

「いいけど……そんなに好きなの?」

「そうだな」


 言ってから、テールは肉屋に歩いていく。心なしか足取りが軽やかで、とてもオレンジジュースを楽しみにしているようだった。


 そして肉屋の前に立って、


「オレンジジュース1つ」


 その注文を聞いて、肉屋の店主が怪訝そうに、


「お客さん……うちは肉屋だよ? なんでオレンジジュースがあると思ったんだ?」

「え……?」


 呆然とするテールに、後ろからライが、


「言うの遅れたけど、あの酒場の主人は嘘つきだよ。肉屋でオレンジジュースは販売してないよ」

「もう少し早く言ってほしかった」テールは気まずそうに顔をそらして、「悪いな……邪魔をした。できれば憎まないでほしい。肉だけに」

「は?」肉屋の主人はテールのダジャレに冷たい反応を返す。「面白くねぇな」

「自覚はしている」

「じゃあ言うなよ」

「悪いな。どうしても止められないんだ」

「そ、そうか……」


 これ以上テールに関わりたくない、とばかりに肉屋の主人はそこで話を打ち切る。テールからすれば慣れっこな反応なので、特に傷ついてはいない。


「さて……待たせたな」


 テールが振り返りつつ、ライに言った。するとライは悪気なさそうに、


「お兄さん……クールに見えるけど、さてはアホだね」

「よく言われる。見る目のない奴らが多いからな」

「へぇ……自分はアホじゃないって?」

「俺はクールじゃなくて、人見知りなだけだ」

「ああ……だから声ちっさいんだ」

「そういうことだ」


 言いながら、テールは酒場の前に戻る。そして地面に置かれている刀の前で立ち止まった。

 それを見たライが、


「ああ……それテルのだったの?」

「テールだ」訂正してから、「この刀は俺のだ」

「ふぅん……そんなとこ置いてたら、盗まれるよ?」


 刀が置かれていたのは、酒場の前のあたり。他の客の邪魔にならないよう、できるだけ端に寄せられていた。 

 邪魔にはならない位置だが、結構キレイな刀で目立つ。泥棒が盗めばある程度の金になりそうだった。


「盗まれることはないさ」

「なんで?」

「さぁな」答えになっていない答えを返して、テールは地面から刀を拾い上げる。「さて……どこに行けばいいんだ?」

「こっちだよ」ライは目的の場所に歩きだして、「こっちに人が寄り付かない広場があるんだ。邪魔されたくない用事があるときに便利だよ」


 そのまま、テールはライについて歩き始めた。


 ズルズルと、何かを引きずる音がする。その音に気づいたライが振り返って、


「……なんで刀……引きずってるの?」


 ズルズルという音は、テールが刀を引きずって歩いているから鳴っているのである。鞘の先端が砂に擦れて、音が鳴っていたのだ。


「こうしないと疲れるんだよ」

「へぇ……持ってあげようか?」

「それは助かるな」言ってから、テールは少し笑う。「気をつけろ。ケガするぞ」

「?」


 忠告を受けながら、ライは刀を受け取った。

 

 その瞬間、


「っ……!」


 ものすごい勢いで、地面に刀がめり込んだ。何かが爆発したような轟音が鳴り響いて、砂埃が舞った。


「へ……?」普段何事にも驚かないライが、珍しく目を丸くしていた。「……何この刀……」


 その刀は地面に横たわっていた。そして刀を拾い上げようとライが手を伸ばす。

 しかし、ライが全力で刀を持ち上げようとしても、刀はビクともしなかった。


「重い……!」

 

 どうにかして刀を持ち上げようとするライを見て、


「盗まれない理由がわかっただろ」

「……重いから……?」

「ああ。もしもその刀を楽に持ち上げられるやつがいたら、持っていってもらって構わない」

「へぇ……」ライは刀を持ち上げることを諦めて、「こんな武器、使えるの?」

「使用感は悪くないぞ。重すぎるのが欠点だが」


 言われるまでもなく、重いのが欠点なことくらいライはわかっている。ライでは持ち上げることすらできなかったのだから。


「さて、行くぞ」


 テールは地面の刀をあっさりと拾い上げた。その動作を見る限りでは、刀が重いようには見えない。通常の刀の重量に思える。


「……力持ちだねぇ……」


 ライは感心してそういう。そして自分のことを強いと言い切ったテールの実力を、改めて感じ取った。

 これだけ思い刀を持ち歩いている旅人。少なくとも力はあるはずである。


 戦うのが楽しみだ、とライは歩を弾ませたのだった。

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