第3話
酒場に入ってきたのは体躯の良い男だった。酒場の客の目が一瞬だけその男に向いて、また酒の方向に戻る。
「いらっしゃい。見ない顔だね」酒場の女店主が聞く。「旅人さん?」
「ああ」
その旅人は開いているカウンター席に座って、愛想なく返事をした。ぶっきらぼうに見える仕草だが、酒場の店主にとっては気にするほどのことでもない。
「そうかい。旅の目的は?」
「北に行くこと」
「ほう……どうして?」
「南が嫌いだから」
「変な理由で旅してるねぇ……」
「よく言われるさ」
「そうかい。じゃあ注文は?」
「オレンジジュース」
その注文を聞いていた客の数人が笑い声を上げる。そして女店主も若干呆れたように、
「お客さん……酒飲めないの?」
「ああ」言ってから、旅人はライのほうを見て、「提供はされているんだろ?」
「まぁそうだけど……あの子は子供だし」
「じゃあ、俺も同じのを頼む」
「……わかったよ……」
渋々、という感じで、女店主はオレンジジュースの準備を始める。
その間に、
「ねぇねぇ、お兄さん」ライが席を移動して、旅人に話しかける。「お兄さんは強いの?」
「こら、ライ」女店主が振り向いて、「あんた私の話聞いてた?」
女の子は強者を求めないのが普通だという話。
「? 聞いてたよ?」
「だったら……もうちょっと、ねぇ……常識を考えなさい」
「……はーい……」常識とは難しいな、とライは思いながら、「お兄さんは強いの?」
また同じことを聞いた。女店主のため息が聞こえた。
「お兄さん……」旅人はその言葉を咀嚼して、「……おじさんには見えないか?」
「……おじさんって呼んでほしいの?」
「いや……」それから旅人はライを見て、「テールだ」
「てーる?」
「俺の名前だ」
「そっか、よろしくね。私はライって言うんだ。よくわからないけど、常識と女の子らしさがないらしい。喋らなければ美少女だってよく言われるよ」
ライの自己紹介を聞いて、一瞬だけ旅人――テールの動きが止まった。
それを見て女店主が、
「変な子だろう?」
「そうか?」テールは平然と答える。「自己分析が客観的にできているじゃないか。それに……もっと変なやつなんて、この世にはたくさんいる」
「ふーん……旅人さんはさすがに心が広いねぇ……」
はい、オレンジジュース、と女店主はオレンジジュースをテールに差し出す。
「ありがとう」テールは軽く頭を下げて、「ところで店主。1つ聞きたいことがある」
「なんだい? オレンジジュースなら、向かいの肉屋のが美味しいよ」
「そんなことは……ってちょっと待ってくれ。肉屋? 肉屋のオレンジジュース?」
「そうなんだよ。あの主人オレンジジュースが好きでねぇ……自分で作り始めたんだよ。頼めば売ってくれると思うよ」
「そうか。それは良い情報を聞いた。ありがとう」
どうやらテールはオレンジジュースが好きなようだった。
「……それと、この村に占い師がいるって聞いたんだが」
「ああ……ビルカ様のことだね。あんた、ビルカ様に会いに来たのかい?」
「たまたま噂を聞いただけだ。せっかくなら会ってみようかと思ってな」
「じゃあ、ビルカ様は村の中心部にいらっしゃるよ。あの人の予言が外れたことはないから、きっと旅人さんも驚くだろうさ」
「そうか。それは楽しみだ」
会話を終えて、テールはオレンジジュースを飲み始める。そして「美味いな……」とつぶやいた。
そんなテールを見て、ライが不満そうに、
「ねぇテル。私の質問に答えてよ」
「……テールだ……」名前の間違いを訂正してから、「俺が強いのか、って質問だったな」
「うん」
「ライよりは強いぞ」
テールのその言葉を聞いて、酒場の客全員が凍りついた。
その空気を察して、テールは酒場を見回す。酒場の客は皆『バカなこと言ったな』といった様子の表情を浮かべていた。
「旅人さん……」女店主は苦笑いしながら、「悪いことは言わない。訂正しなよ。酷い目に合うよ、あんた」
「ふーん……」テールは多少ライに興味が向いたようで、「……訂正する必要を感じないな」
「そうかい……」女店主は呆れたように、「だったら、どうなっても知らないよ」
女店主の言葉が終わると同時、あるいは食い気味に、ライがテールに向かって身を乗り出す。
「ホント?」
「何が?」
「私より強いっていうの」
「ああ。ここで嘘をつく必要はないだろ」
「そっか……じゃあ」ライはジュースを飲み干して、勢いよく立ち上がる。「今からやろうよ」
「……何を?」
「ケンカ」ライはテールをまっすぐ見据えて、「私、強い相手と戦いたいんだ。だけど、この辺の人じゃあ満足できない。だからそろそろ旅に出ようかと思ってたんだけど……強い旅人さんのほうから来てくれて、ラッキーだよ」
「ふーん……元気だねぇ……」テールは手元のオレンジジュースを見せて、「これ飲み終わったらな」
「うん。じゃあ外で待ってるね」
そう言って、ライは元気よく扉を開けて外に出ていった。
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