第2話 まずは服を買わないとだよな

「それで、私を呼んだって事なんだねお兄ちゃん」


 電話で呼び出したのは俺の妹の莉愛りあ、俺の一つ下の19歳の大学2年生。

 急な呼び出しにも関わらず来てくれる辺り、兄として嫌われていないと思っても良いだろう。


「流石に女の子の服とかは詳しく無いからなぁ、申し訳ないけどこの子を頼んでも良いか?」

「まぁダメだったら来ないんだけど⋯⋯それで、あなたは何て名前なの?」


 莉愛が少女にそう問いかけると少女は首を傾げながら言った。

 

「名前⋯⋯? それ何?」

「おいおいおい、嘘だろ」

「名前がないって⋯⋯コト!?」


 想像以上に酷い返答に俺達は頭痛がしてきたような錯覚を覚えた。


 この女の子の境遇は俺達が思っていた以上の物だったようだ。


「ま、まさか戸籍とかも無いとか言わないよね!?」

「だから警察も頼れなかった⋯⋯って可能性はありそうだよな⋯⋯」


 警察は戸籍が無いとまともに対応してくれないって言うのは聞いたことがあるような気がする。


「お兄ちゃん稼いでるんだから保護してあげたら? この子凄く素材も良いし、それこそストリーマーとかに向いてるんじゃない?」


 莉愛がそう言うが、実際顔出しはこの子にとってリスクしか無いだろう。


「いや、ストリーマーは危険だな。

 この子の家族に知られる可能性がある。

 やるならVTuber⋯⋯だろうけど、すぐに考える必要も無いと思う」

「まぁ確かに、少しずつ出来る事が増えてからの方がいいかぁ⋯⋯それにしてもVTuber⋯⋯個人だと本当に稼げないから厳しいんじゃない?」

「まぁ、女の子一人養うくらいは俺が稼いでるから大丈夫だけど、そのままって訳にもいかないしなぁ⋯⋯まぁと言うかVTuberになるかストリーマーになるか他の仕事するかはこの子次第だろ」

「それもそうだよね⋯⋯

 とりあえず日常生活に関しては私に任せて!」

「ありがとう、助かるよ」


 そして自分の買い物と少女の買い物を済ませる為に近場のショッピングセンターへと向かった。


「ここ、すごい⋯⋯!」


 初めて見る光景だからか、凄くテンションが上がっている様子。


「初めて来るのか?」

「うん、わたし、家からまともに出たこと無かった⋯⋯」

「そうか⋯⋯これからは俺達が連れてってやるからな⋯⋯」

「本当⋯⋯?」

「あぁ、勿論さ。 なぁ、莉愛?」

「も、勿論!」

 

 思わず涙腺が崩壊しそうになるもなんとか堪え、中へ入って行った俺達。


 一度莉愛達と別れ、食材などを買い漁る。


 いつものようにインスタントをメインで買おうと思ったが、少なくとも少しの間は彼女がいると思うとインスタントを買う量を減らした。


「⋯⋯自炊、久々にするか」


 他人に聞こえない程度の声量でそう呟いた俺は久々に生鮮食品のコーナーへと足を運んだ。



「うーん、これも似合いそう⋯⋯」

「そ、そんなのわたしに似合わないと思う⋯⋯」

「そう? そんな事無いと思うけど⋯⋯」


 女性服売り場で一人の少女が服を手に取りながら唸り、隣にいる少女があわあわとしていた。


「まぁどうせお金の出所はお兄ちゃんなんだし気にしない気にしない! 折角なら可愛い服買っちゃおうよ!」

「い、いいの?」


 不安そうに少女は言うが、莉愛は気にしない気にしないと言って聞かない。


 諦めたのか少女は自分の気に入った服を選び、莉愛に手渡す事にした。


「これだね! んじゃ、次の服見よっか!」

「えっ、次?」

「一着で足りる訳無いじゃん! さ、次気に入った奴があったら教えてね!」

「ふぇぇぇぇぇ!?」


 この時の兄は知らなかった。


 女の子の買い物がとてつもなく長い事を。



「ん⋯⋯遅いな」


 既に俺が買い物を終わらせてから2時間が経過しようとしていた。


「遅くなるから時間潰しててと連絡来てたのは分かるんだが⋯⋯まぁ、女の子は買い物に時間かかるって言うし、こんなもんか」


 荷物は買ってすぐに冷蔵ロッカーに仕舞ってある事だし心配もいらない、という事で1時間ほどゲームセンターで時間を潰していると、妹から今終わったけどどこにいる?とメッセージが届いていた。


「よし、戻るか⋯⋯」


 そう呟き、俺は二人と分かれた場所へ戻った。


「あ、お兄ちゃんお待たせ!」

「ん、大丈夫⋯⋯って見違えたな⋯⋯」

「でしょー! 二人で選んだんだよ!」

「本当にこんなに⋯⋯いいの?」

「まぁ、お金ならそれなりにあるから心配すんな」

「その、ありがとう⋯⋯」


 少女は照れながら、一緒に買ったであろう帽子に顔を隠しお礼を言った。


「その仕草はちょっとズルいと思うなぁ」

「ハハッ、下手な男だったら即堕ちだったかもな!」

「お兄ちゃんは大丈夫なんだー?」

「妹にしか見えん!」

「い、妹⋯⋯」


 妹という単語を聞いて何かを思い出したような表情を見せる少女、おそらく思い出したく無い事を思い出したのだろう。


「無理に思い出すな。

 とりあえずはウチでゆっくりしてけ、な?」

「お兄ちゃん、当分私もお兄ちゃんの家に居てもいい?」

「あー、そうか。 そうだなそうしてくれると助かる」

「流石に察してくれて私も助かるよ」


 女の子には色々あるって言うしな、うん。



「ただいま、っと」

「おかえりーって私が言うのも変だよね」

「お、おじゃまします⋯⋯?」

「とりあえず、空いてる部屋あるからそこに荷物運ぼうか」

「うん、私手伝ってくるねー」

「おう、頼んだ。 俺は夜飯の準備しとくわ」

「了解ー」


 そして二人が上に荷物を置きに行くのを横目に俺は自分の部屋に一度戻って着替えた。


「あっ、そう言えばアイツらに連絡してなかったな⋯⋯怒ってないと良いが⋯⋯」


 俺はPCデスクに座ると、PCで立ち上がったままのディスコと呼ばれるVCのソフトを確認した。


「あー、やっぱアイツら待ってたか⋯⋯」


 流石に放置するのは悪いと思い一度VCに入ると——


『おー、スタブ、めっちゃ遅いじゃん』

『俺ら2時間待ってたんだが??』

「いやー、マジで悪い」

『買い物行くだけって言ってなかったか?』

「いやー、それがさ⋯⋯女の子拾って⋯⋯さ」

『はい通報』

『もしもし、ポリスメン?』

「やめろやめろ、洒落にならん」

『とりあえず女の子の画像うpはよ』

『何でまた女の子なんか拾ったんよ。

 面倒事にまた巻き込まれるん?』

「まぁ既に面倒事に巻き込まれてるとも言えるが⋯⋯名前が無いなんて言うんだよ⋯⋯俺、どうすれば良いと思う?」

『まー、やっぱ俺らさ、プロゲーマーでストリーマーじゃん? そっち方面勧めてあげるしか出来なくね?』

『スパチャは任せろって言いたいけど、お前の懐に行くのか⋯⋯』

「いや流石に金銭面はどうにかするさ。

 伝も無い事も無いし⋯⋯な」

『んじゃま、とりあえず今日は無しって感じか?』

『まぁしゃーないわな』

「すまん、夜なら時間あると思うから、夜でも良いなら出来るけど」

『んー、眠くなかったら付き合うわ』

『同じく』

「了解、マジですまん!」

『『気にすんなー』』

『『あと女の子の画像うpはよ』』

「そこまで被るのかよ」

『草』

『流石に草』

「んじゃ、お疲れー」

『おつー』

『乙カレー』


 通話から落ちると俺はどこか安心した。


「アイツらなんだかんだいい奴らだから落ち着いたら紹介しないとかな⋯⋯」


 ちなみにさっきの二人は俺のチームメイトのジャコと、Lightning Yossy、通称よっしーだ。


 二人とも俺と同じゲームの部門に所属するプロゲーマーであり、ストリーマーでもある。


 俺がスタブと呼ばれていたのは、俺がStylish Buddhaと言う名前で活躍しているからという訳で。


「ってそんな事はどうでもいいか。

 夜飯の仕込みしとかないとな」


 まだ夕方前とは言え、久々の自炊だし早めに準備しとかないと手間取りそうだしな。


 俺はそう考えつつ、キッチンへと向かった。

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