「じゃあ私は、『自分の持ち場』に戻るよ。いやあ、俄然やる気が湧いてきたなあ、『いい仕事』が出来そうだ』


 三ツ谷は、キッチンから持ってきた缶ビールを3つほど抱えながら、鼻歌交じりに応接間から、地下室へ通じる扉に入って行った。健吾はその様子を、何かひとつの「厄災」が去って行くような思いで、じっと見つめていた。



 だが、これで本当に厄災が去ったわけではない。それは健吾自身が、一番わかっていた。さっきのは、「通り魔」みたいなもんだ。たまたまここに通りかかって、俺に屈辱を与え、去って行った。本物の厄災は、俺の目の前にいる。そして、俺の両手を固定する「準備段階」を終えたあと、こいつらはまだ「何もしてない」んだ……!



 三ツ谷が応接間を出て行ったあと、真一に寄り添うようにしていた信子は、片手で真一の腕を「ぎゅっ」と掴み。何かを訴えるような、潤んだ瞳で真一を見つめ始めた。


「ねえ……運転手と三ツ谷さんのを、続けざまに見て。なんだかあたしも、興奮してきちゃった。あたしも、『やってみて』いいかしら……??」



 信子の艶めかしい言いっぷりに、健吾は思わず唾を「ゴクリ」と飲んだ。そして真一は信子の言葉を聞いて、喜びに満ちた表情になった。


「ああ、もちろんいいとも。やりなさい。遠慮はいらないよ!」


 信子は真一に「ありがと」とウインクし、ソファーから立ち上がると、健吾の右側に回った。そして、まだズボンと下着を降ろされたままで、むき出しになっている健吾の下半身の「前方」に、自分の手を滑らせた。


「……!!」


 信子の「目的」は、明らかだった。信子の手は、健吾の性器を、優しく包むようにもてあそび始めた。



 これまで感じて来た激痛や屈辱で、健吾の性器はすっかり縮こまっていたが。信子の手と指は、その緊張を解きほぐすように、柔らかく動いた。そして信子は、健吾の下半身をまさぐりながら、自分の豊かな胸を、健吾の体に「ぎゅっ」と押しつけた。その暖かな感触は、恐らく先ほど着替えた後に、ブラを付けていないのだろうと思われた。


 信子は自分の体を健吾にこすりつけるようにしながら、更にぐいぐいと胸を押しつけ。先ほどまで、陰嚢を含めた性器全体を包んでいた手を、陰茎だけを握りしめるように持ち替えた。その上で、信子は健吾の耳元に、「どう……感じて来た?」と囁きかけた。



 その、信子による手慣れた波状攻撃は。痛みと屈辱に支配されていた健吾の体にとって、逆に「凶器」に近かった。信子の責めに対し、健吾に抗う術はなく。やがて、縮こまっていた陰茎が、少しずつ硬直し始めた。


「ほうら、大きくなってきた……! 興奮してきたのね、いいのよ、そのまま我慢しないで……!」


 信子は陰茎を握った指を、上下に動かし始めた。それに伴い、陰茎の固さは徐々に増していき。そして信子も、右手を上下に動かすスピードを上げて行った。今や健吾の陰茎は完全に勃起し、油断すると、口元からあえぎ声が漏れそうなくらいだった。



 信子も、健吾の興奮状態を認識し。「もう、こんなに元気になった。やっぱり若いのね。こんな風にされていても、『ここ』は正直よね……!」


 そして信子は、「もう我慢できない」というように身をかがめて、テーブルの下に頭を差し入れた。「あうっ……!」健吾もまた、もう声を出すことを我慢できなかった。信子はテーブルの下から、健吾の下半身に顔を向け。固くそそり立った陰茎を、舌先で舐め始めていた。


 陰茎の先端、亀頭の周囲をチロチロと這いまわる信子のテクニックは、健吾がこれまでに味わったことのないものだった。もちろん女性経験がないわけではなかったが、SEXの相手は同世代か年下が多く、ここまで「経験豊富な、年上の女性」に、好きなようにされたことはなかったのだ。信子は、人差し指と中指、そして親指の3本で陰茎に刺激を与えながら、舌先を先端に這わせ。それからおもむろに、口全体で「はむっ」と、陰茎を頬張った。



「ああっ……!」

 それはもう、先ほどのような「我慢しながら漏れてしまった声」ではなく。完全に、信子の責めに反応してしまった、歓びの現れだった。それでも、歯を食いしばって耐えようとしていた健吾は、ついさっきまで目の前に座っていた、真一の姿が見えないことに気付いた。


 さすがに自分の妻が、他人の性器にむしゃぶりつく姿は見ていられないと思ったのか。健吾は最初そう考えたが、それは正反対だった。真一は、床に這いつくばるようにして、テーブルの下を覗き込み。健吾の下半身に、あらん限りのテクニックを施す妻の姿を見て、「いいぞ……いいぞ……!」と、鼻息荒く興奮していたのだった。



 ……こいつら、本物の変態だ。本物のキチガイで、本物の変態だ……!!



 自分の陰茎をしゃぶりつくそうかという信子の責めに、健吾は身をよじるようにして、最後の抵抗を試みようとしていた。貫かれた両手を、握ったり開いたりしながら、なんとか「達する」ことを拒もうとあがいた。だが健吾自身にも、それが無駄な抵抗であることはわかっていた。もうあと1分、いや、十数秒、持つかどうか。自分はこのまま、「イって」しまう……!!



 健吾が、押し寄せる快感の波に、「もう……!」と覚悟を決めた、その刹那。信子はおもむろに、陰茎から口を放し。真一に、「あなた!」と呼びかけた。真一も、「おう!」と気合の入った返事をし。信子に、何かを手渡した。絶頂の寸前だった健吾は、何が起きたのかと、信子が手渡されたものを「チラリ」と見た。それが「何か」を把握した瞬間、健吾の全身に、とてつもない恐怖が襲い掛かった。



 真一が渡したのは、健吾の手を貫いている、アイスピックの先の部分だけを、更に細く長くしたような形状の。畳を縫う時などに用いる、長さ20センチほどの、頑丈で細長い針だった。信子は左手で、硬直した健吾の陰茎を、固定するように握りしめ。右手に持った、先端を下に向けた長い針を、陰茎のほぼ中央、尿道の中へと、思いっきり突き刺した。



「ぐぎゃああああああああああああああ!!!!!!」



 その絶叫は、健吾が仰ぎ見る家の天井を飛び越え、遥か天の彼方にまで届くかと思うほど、悲痛に轟き渡った。


 こんな痛みを、感じたことがなかった。こんな激痛が、存在することが信じられなかった。右手を貫いたピックも、左手の骨を砕いたドライバーも。肛門を引き裂くかと思われた運転手の陰茎ですらも、この痛みに比べれば、「子供騙し」にしか思えなかった。


 差し込まれた長い針は、硬直した健吾の陰茎の根元まで、真っすぐに貫き。信子がその針を、「ずびゅっ」と引き抜くと。尿道からは、ぶしゅっ!! と赤い線を引いたような、血潮が飛び出し。それに続いて、「ぴゅっ、ぴゅっ」と断続的に、赤と白が混ざって濁ったようなものが、尿道から噴出された。



 それを見た真一と信子は、手をパチパチと叩いて、「わはは、わはははははは!!」と大笑いし始めた。


「これだよ、これ! イク直前に針を刺されて、それでも射精はもう止まらず。針を抜いた途端に吐き出される、『血の混じった精液』!! これ以上ない激痛を感じていながら、同時に『イっている』! 大成功だよ! わはははははははははは!!」




 その笑い声を聞きながら、健吾は、なぜ自分がまだ正気でいられるんだろうと思っていた。とっくに気が狂っていておかしくなかった。むしろ、気が狂っていて欲しかった。いや、遠の昔に気が狂っていることに、気付いていないだけかもしれなかった。もはや健吾には、夢も現実も、正気も狂気も全て一緒に、ごちゃ混ぜになっているように思えた。

 


「殺せ……早く、殺せよ……!」


 健吾は、かすれた声で、絞り出すようにそう訴えたが。それと同時に健吾の性器から、「ぴゅっ」と赤白いものが、力なく飛び出し。それを見た信子は、「やめて、もうやめて! お腹がよじれるぅぅぅぅ!!」と、腹を抱えてソファーに寝ころび。隣にいた真一も、「最高だ! もう、最高だよ!!」と、テーブルをバンバンと叩き、涙を流しながら笑っていた。



 健吾は、自分の死はきっとまだ「先」のことなのだろう、この2人はこうして永遠に自分をおもちゃにし続けるのだろうと、正気と狂気の狭間を漂う意識の中で、うっすらと考えていた。


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