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真一の「粋な計らい」で、十二分に満ち足りた三ツ谷は、満面の笑みを浮かべながら、星野家の地下室へ戻った。鼻歌交じりに、テーブルの上に並んだ大小様々な「道具」を見繕う三ツ谷を見て。イスに手足を拘束された一朗は、「キチガイめ……この、キチガイめ……」と、独り言のように呟いていた。
「ん? 何か言ったかい?」
三ツ谷はトボけたような口調で、片手を耳元にあてがい、一朗の言葉を聞きとる仕草をしてみせた。そのわざとらしい態度に、一朗はもういい加減、ウンザリしていた。……ここに連れて来られてから、ずっとそうだ。あいつは俺を切り刻むことを、楽しんでやがる。俺の体で、遊んでやがる……!!
「言いたいことがあるなら、ちゃんと手を挙げようね。そうすれば先生は、順番に指していくから。おっとそうだ、今日の生徒は1人だけだったね。それに、手も足も動かせないんだったね? ごめんごめん。じゃあ、何か合図を決めようか。首を縦に2回振るとか、そういうのでいいかな?」
あくまで「おどけたフリ」を続ける三ツ谷に向かって、一朗は全身を震わせるようにして、「うるせぇ!!!」と叫んだ。無理に叫んだことで、それまでに傷つけられていた体のあちこちが、ズキズキと疼いた。
「ありゃまあ、さっきまでは、声も出ないほどうなだれていたのに。私が上にいって、ちょっと『余興』に参加してる間に、随分元気になったみたいだね? そうこなくっちゃ。お互いにとって、いいインターバルになったようだね」
そう言って三ツ谷は、ポケットから細いペンライトを取り出し。「それじゃあ、何から始めようか……」と言いながら、医師が患者の診察をするように、自分が一朗に付けた「傷跡」に光を当て、確認し始めた。
「まずは、左耳。うん、早めに止血したから、もう血は止まってるね。今のところ、爛れたような様子もない。上手く処置出来たと言えるだろう」
三ツ谷が光を当てた一朗の左耳には、耳たぶがなく。削り取られたような傷跡が残っていて、その周囲も血の跡で、赤黒く染まっていた。
「同じ処置をしても、人によってその反応が違ったりするからね。これなら右耳も、同じように切り取って大丈夫ということだ。化膿でもしたら、大変だからね」
「次は、右目……うん、ここも大丈夫だ。君も、あまり無理に開こうとしない方がいいよ? 裁縫用のものではなく、手術に用いるような糸をちゃんと使ったからね。上下の瞼が、きちんと縫い合わされている。これなら、長く持ちそうだ。ただ、左目まで縫ってしまったら、君がこれから自分に何をされるかがわからなくなってしまうからね。その段階に進むのは、まだ先でいい。まだ当分の間、左目は見えるようにしておくから、安心してくれたまえ。
それから、胸と腕の皮を削いだ箇所も、だいぶ固まって来ているね。削ぎ落す時に使ったカンナは、私も十分に手入れしておいたからね、傷口がデコボコやギザギザにならず、綺麗な長方形を描くことが出来た。変に動くと肉まで削いでしまうよという私の忠告を聞き入れ、痛みに耐え動かないよう協力してくれた、君のおかげでもあるね。感謝しなくちゃな。
最後に、爪を剥いだ手の指先は……これは私がいない間に、拘束を逃れようともがいたのかな? ちょっと酷いことになってるねえ。そんな指で、きつく締めたベルトを解こうとしたらどうなるか、君にも想像がついたろうに。ツバをつけて治すような、甘いレベルの傷口じゃないんだよ? 申し訳ないけど、これは『荒療治』が必要かな……」
後ろ手に拘束された手元を見るため、背中側に回っていた三ツ谷の様子を伺おうと、苦しい体勢で「な、なにを……」と振り向こうとした一朗の口に、三ツ谷はガッチリと木の棒をはめ込んだ。
「あうう、あううううう!!!」
口にはめられた棒は、後頭部から紐でしっかりと固定され。満足に言葉が喋れなくなった一朗の前で、三ツ谷はテーブルの下から、携帯用のガスボンベに繋がれたバーナーを取り出した。引き金のようなバーナーのレバーを数回押し、「ぼしゅっ、ぼしゅっ」と青白い炎が噴出されるのを確かめたあと。三ツ谷は再び、一朗の背後に回った。
「あまりこういう処置はしたくないけどね、でもこのまま放っておいたら、傷口からばい菌が入る可能性もあるから。そうなったら最悪、指先から切り落とすことになるかもしれない。指全体が、腐ってしまう前にね。指を切断するなら、腐って痛覚が鈍る前にやりたいからねえ」
そして三ツ谷は、爪を剥がされた一朗の右手を、自分の左手で押さえ。その指先に、バーナーの火を吹きつけた。
「……!! …………!!!!!」
身動きが取れず、叫ぶ声をあげることも出来ない一朗は、かすかに動く両足の足首から先をバタバタと震わせ、じだんだを踏むようにしながら、猛烈な熱さと痛みに耐えた。爪を剝がされた指は3本あり、三ツ谷はその3本の指先を順番に、そして丁寧に、バーナーの火で焼いていった。
「……これで大丈夫だ。もうあんまり、指先に力を入れて何かをしようとか、考えない方がいいよ? もがけばもがくだけ、君の苦痛は深まる。それだけは、間違いないからね。黙って私のやることを受け入れていれば、私自身が即座に処置をするから、君の命にかかわるようなことにはならない。ヘタに抵抗して、予想外の傷がついてしまったら、取り返しのつかないことになる可能性もある。
君がまだ、少しでも長く、生き延びていたいと思うのなら。今の自分が置かれた状況を、素直に受け入れることだ。私も、まだまだまだまだ、ずっと楽しみたいからね。引き続き君が協力してくれることを、切に願うよ」
そう言って三ツ谷は、バーナーをテーブルの下にしまい。「さて、と……」と、改めてテーブルの上を見渡した。
「それじゃあ、『再開』しようか。まずは、まだ残っている右の耳たぶからだね……」
三ツ谷は、テーブルに置かれた銀色のシャーレの中に並べられていた、様々な形状や長さを持った数本のメスのうち、「これだな」と思うものを右手に持ち。一朗に歩み寄ると、左手で「ぴん!」と右の耳たぶを弾いた。
「さっきも言ったように、左耳の処置は上手く行った。だから、心配することはないよ。君が変に動かなければ、耳たぶだけ綺麗に切り落とせるからね。その方が後々、私も君も楽だからね……?」
三ツ谷は左手で耳たぶの上を持ち、少し開くようにしてから、顔の皮膚と耳たぶとの境目に、「すっ」とメスの先を差し入れた。
再び一朗は、バタバタと両足を動かし、じだんだを始めたが。三ツ谷は冷静な口調で、「動かない、動かない。じっとしてて……!」と、口元に歪んだ笑みを浮かべながら、今まさに切り落とされようとしている、一朗の耳に囁き続けていた。
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