「君がこれから、どうなるのか。それは、君次第でもある」


 真一は意味ありげにそう言って、「ニヤリ」と笑った。それはあたかも、健吾が真一に、ゲームのルールを説明した時のようだった。受け入れるのも拒むのも、あなた次第ですよと。それを考えると、どうなるにせよ、ロクなことにはならないなと、健吾は言い知れぬ絶望感に襲われていた。



「まずは君が提案した、あのゲーム。あれは相当に愉快だったねえ、得意げに自分の腕前を語る君に、『心理戦』を仕掛けるのは、すこぶる楽しかったよ。私がメモを表向きに置いて、数字を晒したことで、君は私の術中にハマっていった。その様子が、手に取るようにわかった。もう君は、私の言いなりになるだけだなと、確信したよ。


 だから、地下室の件もわざと、君の興味を引くような話をしたのさ。出来れば君に、君に起こることの『結果』を見ておいて欲しい。私を見る目に、恐怖が宿っていて欲しいとね。でもその反面、『見ない方がいい』と、忠告もしてあげた。愉快なゲームを提供してくれた君への、ささやかな感謝の印だよ。どうだい、私にも優しいところがあるだろう?」


 そう言いながら真一は、さっきまでは健吾が使っていたアイスピックを取り出し、テーブルの上に「ことん」と置いた。


「確かに、よく手入れされてるね。切っ先が光っている。でも今日は、思いのほか血が付いてしまったから、綺麗に拭っておいたよ」


 その、キラリと光るピックの切っ先に、健吾は思わず、「ゾクリ」と恐怖を感じずにいられなかった。つい数時間前までは、健吾自身が自慢をするために、持ってきたはずのものが。今は間違いなく、自分を痛めつけるために使われようとしている……!!



「あのゲーム自体は大変面白かったんだが、2回目がノーカウントになったり、3回目は君がスピードを上げることを躊躇ったりと、なかなか理想通りには進まなかったのが残念だったね。だからここでもう一度、『やり直し』をしてみたい。今度は私の方が、アイスピックを持つ立場としてね」


 そうくるだろうなとは、真一がピックを持ち出した時点で、健吾もなんとなく予想していた。そしてこの状況に於いて、真一の申し出を拒むのは不可能であることも、健吾は察していた。

 

 健吾は、背中にピンと張られた頑丈なロープで、テーブルに押さえつけられてはいるが。両手は自由に動かせる状態だった。だが、テーブルに突っ伏すような体勢で手を伸ばしても、対面のソファーに背中をもたれている、真一や信子に手は届かない。真一はそれを承知の上で、健吾の両腕を拘束していないのだろうと思われた。恐らく、これから始める「ゲーム」のためにも。



「それじゃあまず、君の手をテーブルに置いてくれるかな? 指を広げて、ペタリとね。まあ、今さら説明するまでもないだろうけどね」


 来たな……。健吾は覚悟を決め、右手をテーブルに置いた。真一の隣に座っている信子が、その様子をわくわくしながら見つめている。……地下室に監禁されていた奴らの姿からしても、このゲームで「終わり」ということはないだろう。だが、その可能性がないとは言えない。ゲームを上手く凌げば、なんとかなるかもしれない……!


 健吾は一縷の望みを託して、ピックを持つ真一をじっと見つめた。真一は自分の左手を、先ほどのゲームと同じように、健吾の右手の前に置き。ピックを持った右手を軽く持ち上げて、「じゃあ、始めようか」と呟いた。……始める前に、俺が「回数」を予想したりはしないのか。どんな「ルール」でやるつもりなんだ? 健吾が、すぐにゲームを始めそうな雰囲気の真一に、やや戸惑っていると。



 真一は「ニヤリ」と笑い、テーブルに付いた左手を「ぐっ」と伸ばし、健吾の右手首を掴んだ。「えっ?!」何をするつもりなのか……と、健吾が考える間もなく。真一は、手首を押さえた健吾の手の甲に、思い切りアイスピックを降り下ろした。


「ぐわあああああああ!!!」


 切っ先の鋭く尖ったピックは、手の甲を貫き、先端がテーブルに当たった音が聞えたような気がした。しかし、それで終わりではなかった。真一は、突きさしたピックの柄を左手に持ち変えると、右手を足元に伸ばし、恐らくは予め用意してあったのだろう、大き目のハンマーを取り出した。


「まさか」と思った健吾の目の前で、真一はピックの柄の部分に、思い切りハンマーを振り下ろした。


 がつん!! がつん……!!


 真一は容赦なく、繰り返しハンマーを振り下ろし。その度に、ピックは健吾の手の甲に、深く深くめり込んでいった。


「ぐわあああ、うわあああああ!!!」


 健吾は目の前で起きている出来事が信じられず、ただ悲鳴をあげ続けるしかなかった。がつん、がつん……!! ハンマーが振り下ろされるたび、信じがたいほどの激痛が手の甲に襲い掛かる。そして、何度目かの衝撃が襲った後。健吾の手の甲には、アイスピックの柄の部分までもがめり込んでいた。



「ぐわああ……」


 健吾は、テーブルに打ち付けられたような形になった右手を、左手で掴み。力づくでピックごと引き抜こうと試みたが、それは不可能だった。健吾からは見ることが出来ないが、恐らくピックはテーブルをも貫通し、その先がテーブルの下から飛び出ているのであろう。



「な、なんでこんなことを……?!」


 手の甲から、電流のように全身を走り抜ける激痛に、健吾は目に涙を浮かべながら訴えたが、真一の「ニヤリ」とした表情は変わらなかった。それどころか、「楽しくなってきたぞ」と言わんばかりに、口元から「ふふふふ」と声が漏れ始めていた。



「さあ、次は『そっちの手』だ」


 真一は、右手を掴んでいた健吾の左手を両手で掴み、強引にひっぺがそうとした。「やめろ、やめてくれ……!」必死に抵抗する健吾に対し、それまで座っていた信子がライターを取り出し、「ぼしゅっ」と点火させたまま、健吾の顔に近づけた。


「うわあ! あっつ……!!」


 健吾は思わず、動かせる左手でライターをはねのけようとした。その機を逃さず、真一は健吾の左手を「ぐいっ」とねじ上げ、「べたっ」とテーブルに押しつけた。そこで信子がソファーから立ち上がり、健吾の背後に回り込んで、肩の上から左手を押さえつけた。


「……! ! !」


 次に何をされるのかは、疑う余地もなかった。左手も、右手と「同じように」されるのだ。健吾は、間もなく左手を襲うだろう痛みにブルブルと震えていたが、しかしそれは、健吾の「予想以上」だった。


 腕を押さえるのを信子に任せて、次に真一が取り出したのは、アイスピックではなかった。そう、ゲームに使ったアイスピックは元々健吾が持ち込んだもので、いま右手を貫いている1本きりだった。とはいえ、こういった家なら、似たようなものが1本くらいあってもよさそうだったが、恐らく真一は、あえてそれを避けたのではと思われた。真一が手にしていたのは、長さ15センチほどの、プラスのドライバーだった。


 ドライバーの先端はもちろん、細くはなっているが、「尖って」はいなかった。真一は、そのドライバーの先を、健吾の左手の甲に押しつけると。柄の上から、ハンマーを振り下ろした。


「ぐぎゃっ……!!」


 その痛みは、貫かれた右手より数倍激しかった。ドライバーは、アイスピックのように手の骨を貫くのではなく。「骨を砕いた」。そして真一はそのまま、ピックと同じようにドライバーの柄を何度も叩き、ドライバーの柄は右手のピックと同様に、健吾の左手の甲にめり込んだ。



「ぐわああ……ああああああ!!!」


 いまや健吾は、アイスピックとドライバーによって貫かれた両手を、その場から1ミリたりとも動かすことが出来ず、テーブルに逆向きに「はりつけ」になっているかのようだった。



「な……なぜこんな……? あんたも、『ゲーム』がしたいんじゃなかったのか……?!」


 もはや目の前にいる相手に、いくら「理屈」を並べても無駄だろうとは思っていたが、それでも健吾はそう言わずにいられなかった。真一はそれを受けて、「ふふっ」と静かに笑い、淡々と語り始めた。



「君が私に、ゲームのルールを説明した時。ほぼ一方的に、君のルールを語っていたろう? ルールを決めるのは、自分なんだ。あなたは黙って、それに従えと言うように。同じことさ。私が提示したゲームのルールは、私が決める。それだけのことだ。君には、それに従ってもらう。


 そういえば、私がメモを続けて表にして出した時。それは『私に有利なルール』だったのに、それを放棄しただけで、君は怒りを露わにしてたからね。『ルールは、守って下さい!』と。それだけ君は、ルールに対して厳格だということだ。私も、同じようにやらせてもらうよ」



 真一の言葉のひとつひとつが、健吾の胸に突き刺さり。健吾は何一つ、言い返せなかった。それを見越した上で、真一は言い放った。


「これで、準備は整った。それでは、始めさせてもらうとするか。私の”ゲーム”を」



 ついさっき、「ゲームに勝てば、もしかしたら……」などと考えていた健吾の淡い期待は、すでにどこかへ消し飛んでいた。今の真一の言葉で、健吾は悟ったのだ。自分の両手を捕らえて離さない、猛烈な痛み。これはまだ、「始まり」に過ぎないのだと。

  

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