「それじゃあ、改めて。ゲームを始めましょう」


 応接間に戻った健吾は、真一を元通りにソファーに座らせると。「邪魔者は去った」と言わんばかりに、中断していた”ゲーム”を再開した。両手を縛り直された真一も、改めて右手をテーブルに突いた。だが手首を縛られているので、左手をどうしていいのかわからず、不自然に腕を歪めていた。


「ああ、左手は、右手の上に乗せるようにすると楽ですよ。そうすると、右手のひらを、テーブルにぺったりと付けられるようになります」


 健吾にそう言われ、真一は苦労しながら、左手の拳を持ち上げ、右手と左手の手首が十字に交差するような形にして、右手の指を広げた。



「そう、そうです。それだと、左手で右手を押さえる形にもなりますから、もし僕が指を刺してしまっても、反射的に右手をどけてしまうのを避けることが出来ると思います。僕は、最初に置かれた位置を目指してピックを動かしますからね、ヘタに動いた方が危ない」


 そこまで考えているのかと、真一は諦めに似た表情で、「はあ……」とため息をついた。健吾はそんな真一の表情を伺いつつ、自分の左手を、2人の中指が触れるくらいに近づけて、真一の右手の前に置いた。



「この形で、ゲームを始めます。刺す順番は、さっき言ったように、僕の指の間と、あなたの指の間を交互に。最初はゆっくり一往復して、スピードをあげてもう2往復。これが『1ゲーム』分です。これを3回、『3ゲーム分』やるということですね。では、実際にどんな形になるのかを確認した上で、あなたの『予想』を書いて下さい」


 健吾はバッグの中から、用意して来たペンと小さめのメモを取り出し、真一に差し出した。真一はいったんテーブルから右手を離し、メモに書き込もうとして、何かに気付いたように、健吾に問い掛けた。


「こ、これは、3回分の予想をまとめて書いておくのか? それとも、ゲームを始める度に予想するのか……?」


 真一の問いに、健吾は「ニコリ」と笑い。ルールの説明を付け加えた。

「いい質問ですね。そうです、最初にまとめてではなく、1ゲームごとに、予想してもらいます。そうすれば、1ゲーム目で予想を外したとしても、その結果を踏まえて、次の予想が出来るでしょう? これも、あなたに『有利』なルールだと思いますよ」


 真一は、「そうか……わかった」と小さく呟くと、健吾に見えないよう膝の上にメモを置き。そこでもう一度、健吾に「確認」をした。


「私の予想は、『ピッタリ』でないと『負け』になるのかね? 私と君とで、合計10本の指の間を3往復して、何回刺してしまうかを予想するのに、数字をピタリと当てるのは結構難しい気もするが……」


 健吾は、その真一の質問も「予想していた」かのように、「うんうん」と頷くと。自分の左手を広げ、それを真一に見せながら、「解説」を始めた。


「こうして見てもらえばわかると思いますが、僕の手には古傷はあっても、最近刺したような傷はないでしょう? これは、僕が自分の手を刺すことに関しては、滅多に失敗することがないという証明になると思います。しかし、あなたの手と交互にということになると、さすがに勝手が違って来る。もしどちらかの指を刺してしまったら、ペースが崩れて次の指も続けて刺してしまうかもしれない。そういう可能性はあります。


 それでも、僕はこのゲームに自信があります。あくまで僕はパーフェクト、『一回も刺さない』ことを目指します。失敗するとしても、1回か2回、多くても4、5回だと思います。つまり、あなたが予想する数字は、一度も刺さない0から、最大5まで。もし6回以上刺してしまったら、僕の負けということにしてもいいです。それで宜しいですか?」



 具体的な数字を提示され、真一にはそれ以上、聞き返すことはなかった。真一は覚悟を決め、メモに何かを「さっ」書き込むと、それを伏せてテーブルに置いた。



「これで、準備は整いましたね。では、始めましょう」


 健吾は満面の笑みを浮かべ、左手をテーブルに置いた。真一も先ほどと同じように、健吾の手に出来るだけ近づけて、右手を置いた。健吾はゆっくりと、アイスピックを持った右手を、肩の上に振りかぶった。真一も、傍らで成り行きをじっと見つめていた信子と一朗も、「ゴクリ」と唾を飲んだ。


「それでは……スタートです」


 健吾は自分の手の指の間に、振り下ろしたピックを、真っすぐに突き立てた。


 次に、真一の手の指の間。その次にまた、健吾の指の間……と、「解説通り」に、健吾は感覚を確かめるように、緩やかなスピードでピックを移動させ。ピックが、最初に突き立てた指の間に戻って来た時、健吾の目が「キラリ」と光った。


 カツ、カツ、カツ……


「2往復目」は、間違いなく先ほどとはスピードを上げて、ピックを動かしていた。真一は怯えた目をしながら、それでも健吾に「ヘタに動かした方が危ない」と言われていたこともあり、テーブルに置いた手を動かすことは出来なかった。



 カツ、カツ……カツカツカツカツ……!!


 3往復目に差し掛かると、ピックのスピードは更に上がった。真一は顔を背けるようにしながらピックの動きを細目で睨み、信子は縛られた手で顔を覆っていた。しかし信子は、真一の「ぐわっ?!」という声を聞いて、顔を覆っていた手を外し、思わずテーブルの上を見てしまった。



 3往復目に入り、ピックが薬指と小指の間を刺して、逆の方向へ向かおうとした時。真一の薬指を、ピックがかすめた。まともに刺したわけではなかったが、指の横側を抉られたような形になり、その痛みは声をあげずにいられないものだった。


『くっ……!』


「パーフェクト」を目指していた健吾は、真一の指を刺してしまったことで、少なからず動揺していた。自分も含めて、「指を刺す」のは久しぶりだったのだ。その動揺が、ピックの動きにも表れた。真一に「解説」したように、続けて健吾自身の指も刺してしまった。


 その後は、ピックの動きを速めることより、「刺さないこと」に注意が注がれたせいか、それ以降はどちらの指も刺すことはなかった。3往復目が終わり、健吾は「ふう……」とため息をつきながら、ピックをテーブルに置き、刺してしまった自分の指を見つめた。



「1ゲーム目、終了です。結果は、『2回』でしたね。自分の指を刺した後は、ピックを動かすスピードを上げることが出来ませんでした。僕もまだまだ、『未熟者』ですね……」



 そう言って健吾は、テーブルに置かれたメモを取りあげ、表を向けた。そこには、数字の「3」が書かれていた。



「結果」を知っていた真一は、表を向いたメモを見つめて、黙り込み。信子は再び手で顔を覆い、一朗は「ひゅう~~♪」と、はやすような口笛を吹いた。



「……残念ながら、1ゲーム目は『あなたの負け』ですね。でも、惜しかった。この結果を踏まえて、どうぞ2ゲーム目を予想して下さい。一度経験したことで、1ゲーム目より指を刺す回数は減る可能性が高いと思いますが、感覚を掴んだ分、さっきよりピックのスピードを上げられるとも思います。よくお考えの上で、予想なさって下さい……」



 真一は、ピックに刺されて血の出ている指の腹を舐めながら、健吾をじっと睨み。それから、「ふう……」と大きく息をついて、先ほどと同じように、2枚目のメモを膝の上に置いた。そして、これも先ほどと同じように、何かを書き込んだメモをテーブルに置いたが。それを見て、健吾は「えっ」と驚きの声をあげた。



「……どうなさったんですか? 間違えたんですか??」



 テーブルの上のメモは、、置かれており。そのメモには、はっきりと「0」の数字が書き込まれていた。


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