健吾の出した「提案」に、少しの間、真一も信子も固まったように言葉を発しなかったが。やがて真一が「ちょ、ちょっと待ってくれ」と、慌てたように喋り出した。



「他人の手、って……私の手でやる、っていうことか?!」


 焦りを隠せない真一と対照的に、健吾は「我が意を得たり」とでもいうように、大きく頷いた。


「……その通り。勝手知ったる自分の手では、僕はもう満足出来なくなってしまった。ここはぜひ、あなたにご協力頂ければと思います」


 真一は、当たり前のようにそう告げた健吾に絶句しながら、なんと反論すればいいのかと考えたあげく、なんとか言葉を絞り出した。


「そんな、馬鹿な話があるか。君に協力して、自分の手を危険に晒して。私になんの得があるって言うんだ?!」



 その反論にも、健吾は全く動じることなく。そう言われるのを予想していたかのように、真一の「説得」を始めた。


「なんの得があるか、ですか。それが、大いにあるんですよ。これからそれを説明します。僕の考えた、ゲームの『ルール』をね」



 そう言って健吾はまず、自分の左手を、先ほどのようにテーブルに置いた。

「あなただけでなく、僕もこうして、一緒に手を置きます。やはり、『自分を刺してしまうかも』というスリルがないと、面白味がないですからね。そして、僕の手の前に、あなたの手を置いてもらいます。右手でも左手でも、どちらでもいいんですが、ちょうど同じ指と指が向き合うように、あなたには右手を出してもらった方がいいでしょうね。


 それから僕は、さっきみたいにこのアイスピックで、指と指の間を刺していきます。最初は、僕の親指と人差し指の間。次に、あなたの親指と人差し指の間……といったように、僕とあなたの手の指の間を、交互に刺していきます。最初は感覚を確かめるために、ゆっくりと一往復させて。それからスピードを上げて、更に2往復。計3往復、ピックを動かします。


 しかし、ただピックを刺して行って、僕の中だけで上手く行ったかどうかの成果に一喜一憂しても、これまた面白みに欠ける。そこで僕は、考えました。協力者であるあなたに、僕が何回指を刺してしまうか、その回数を当ててもらおうと」

  


 真一も信子も、ただ黙って健吾の「説明」を聞いていた。今はそれ以外、彼らに出来ることは何もないように思えた。


「あなたには、僕がピックを動かす前に、僕が指を刺してしまう回数を予想して頂いて、それをメモに書いてもらいます。書いたら、僕に見えないようにメモを伏せて置いてください。あなたが予想した回数を知ってしまったら、僕が『そうならないように』、意図的にピックを操作する可能性もありますからね。ピックを3往復させた後、あなたの予想が当たっていれば、あなたの勝ち。外れだったら、僕の勝ち。単純明快なルールでしょう?


 これを3回繰り返して、あなたが2勝して『勝ち越し』出来れば、ゲームはあなたの勝利です。あなたが勝利すれば……僕らはこのまま黙って、この家を出ていきます。これ以上あなたにも奥さんにも、危害は加えません。もちろん、金銭的な要求などもしません。どうですか? ゲームに協力して勝つことが出来れば、突然押し入って来た見知らぬ暴漢が、何もせずに立ち去っていくんですよ? あなたにとって、かなり『得』のある、好条件のルールだと思いませんか……?」



 それは、「ルール」だけを聞いていれば、健吾の言う通り「単純明快」なものではあったが。それでも真一は、健吾の言葉をそのまま受け取ることは出来なかった。


「そ、そんなことを言ってもだな。君がその約束を守るっていう保証が、どこにあるんだ? 今はそうやって冷静に話してはいるが、ゲームに負けたことで腹を立てて、カッとなって私や妻に暴行を加えるかもしれない。そうだ、例え私が勝っても、君たちが出て行ったあとに、私たちが警察に通報することを恐れて、やっぱり『口を塞ごう』と考えるかも……?!」



 真一のその「反論」も、健吾には「予想の範疇」だったようで、改めて真一の目をじっと見据えながら、「説明の続き」を語り始めた。


「僕らが約束を守る保証、ですか……。それは、僕らを信用して下さいと言うしかないですね。あなたの置かれた状況を鑑みるに、その可能性に賭けてみる価値はあるんじゃないかと思いますよ。


 それから、僕らが出て行ったあと。あなた方が、警察に通報することはないと思います。なぜそう思うのかも、ちゃんと説明しますね。


 僕らは、今日はこうして2人で来ていますが、実は同じような考えを持った、十数名から成るグループの一員なんです。僕らのこれまでのような行動を、僕らと同じく、躊躇いなく実行できるという意味も含めて」


「僕らはゲームに勝っても負けても、この家を出て行ったあと、グループの仲間に『今日の成果』を報告します。その後に、もし僕やそこにいる彼が、警察に連行されるようなことになったら。仲間たちは間違いなく、あなたたちに『報復』するでしょう。残ったグループのメンバー全員で、容赦なく。僕に、それを止めることは出来ません。なぜなら、警察で身柄を拘束されているんですから。


 そういった事情が理解出来ていれば、ゲームが終わり、そして僕らが出て行った後は。きっとあなたは、通報などせず、『今日のことは忘れよう、悪い夢を見たんだ』と考えることでしょう。あなたの胸の内だけにしまっておいて頂ければ、何もなかったのと同じことなのですから。


 以上が、僕が考えたゲームのルールです。ここまで話を聞いた今、あなたはあなた自身と、そして奥さんのためにも、協力を受け入れてくれると信じています」



 もはや真一に、何か反論する余地はないように思われた。ゲームを受け入れるか、拒むか。その2択しかないのだと。もし、拒んだら……その時には、強引にでも「協力させられる」のかもしれない。もはやゲームの勝ち負けは関係なく、思う存分傍若無人な振舞いをしたあげくに、家を去っていくつもりなのだろう。ならば、協力するしか道はないのか……しかし真一はその時、「大事なこと」をまだ聞いていなかったことに気付いた。



「君の言うことはわかった。君の言う”ゲーム”に協力することが、私たちの『得』に繋がるんだということもね。だが、『私が勝った場合』の条件は理解したが。君が『勝ち越した』時は、いったいどうするんだ……??」


 真一が、自分達を刺激しないよう、相手を「なだめるように」話している様子が、何か可笑く思いつつ。健吾は、「そうですね……それも一応、説明しておきます」と、静かに言葉を切り出した。真一はそれを聞いて、何かの宣告を受けるかのように、「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。



「僕がやりたいと思っているゲームを実現出来たことで、すでに目的は達成出来たと言っていいんですけどね。勝ち負けは、あなたに協力してもらうための理由付けに過ぎません。あなたが勝てば、有利になる。今の状況から、解放されますよという意味で」


「しかしここはやはり、あなたが負けると不利になるような条件があった方が、あなたもより『本気』になるでしょう。そうでないと、僕も面白くないですからね。適当に予想して3回凌げばそれで終わりだ、などとは考えず。3回分全ての予想を、真剣に考えるように。


 もし僕が勝ち越したら、続けて『2回戦』に入ります。あなたは指を刺されるかもしれないゲームを、継続しなければならない。負けてしまったら、一回戦では終わらないわけです。そして次も負けたら、『3回戦』が始まる。あなたが勝ち越すか、僕が飽きるまで、ゲームは延々と続いていく……。いかがですか? これは本気でやらなくてはと、思いませんでしたか?



 でもまあ、それとは別に。僕が勝った場合は、せっかく『勝った』んですから、何か『戦利品』のようなものを、頂いていこうかと思ってます。しかし先ほども言ったように、僕らは決して金に困っているわけではありません。でもこの家には、そこのケースに入っているような、他であまり目にしない珍しいもの、金を出せば手に入るというわけではない、『希少品』もありますよね? 


 そういった品々の中から、気に入ったものを幾つか見繕って、持って帰ります。決して、洗いざらい持ち去るというわけではないですから、ご安心下さい。僕らも、大荷物を抱えて帰ろうとは思わないですからね」



 最悪の場合、健吾が勝った場合=「自分が負けた」時には命を奪われるのかもと、最悪の予想をしていたのかもしれない。健吾の話を聞いて、真一は「ほっ」と息をついた。



 ……恐らく、「その程度で済むのなら」と、安心したんだろうな。ゲームに協力すれば、指を何回か刺されるかもしれないが、勝っても負けても、それ以上の危害を加えられることはないと、悟ったろう。そして、俺たちが帰ったあとは、警察に通報するなど考えず、黙っていればいいんだと……。最後に、自分が勝った時の条件を話して、相手を安心させるのも、健吾の「狙い通り」の展開だった。



「それじゃあ、納得頂けたところで。早速、”ゲーム”を始めますか。どうぞ、あなたの手を、テーブルに置いて下さい」



 ここまで、自分の思い通りにことが進んでいることに、健吾は満足し、計画の成功を確信していた。まだ、この時までは。


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