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「おい、もう辞めろ! ほんとに死んじまうぞ?!」
健吾と一郎が、星野家を「訪問」する、その数か月前。健吾は、「やめろよ、もういいだろ?!」と必死に叫ぶ、一緒につるんでいた仲間の1人に、羽交い絞めにされていた。
その仲間だけでなく、他の数名にも、両側から身体を押さえつけられ。ようやく動きを止め、はあはあと荒い息をつく、健吾の前には。両手で頭を抱え、縮こまるように丸まって、身体を震わせながら路上に横たわっている、1人のホームレスがいた。
健吾はそのホームレスを見降ろしながら、嘲るように「ちっ!」と舌打ちをし。「わかった、もう辞めるよ」と、自分を押さえていた仲間たちの腕を振りほどいた。仲間たちも、それ以上健吾を制しようとはせず。というよりは、健吾とある程度の距離を置き、遠巻きにするように、「ヤバいな、こいつ」という視線を、健吾に向けていた。
健吾は元々、子供の頃から人より成績優秀というわけではなく、かといって、スポーツが得意だったわけでもなく。それでも、テストで赤点を取ったり、競争で最下位になるようなこともなかった。いわば、可もなく不可もない「ごく平凡な、目立たない生徒」として、学生生活を送っていた。
しかし高校生になった健吾は、ある時を境に、「不良グループ」と呼ばれる輩とつるむようになった。そのグループも、ヤクザ者と繋がっているような悪質な集団ではなく、あくまで「高校生レベルの、はみ出し者たち」といったメンバーが集まっていたのだが。その中で健吾は、徐々に自身の「過激さ」をむき出しにし始めていった。
グループでホームレスを襲撃するという「案」を出したのも、健吾だった。仲間の何人かは、「それはヤバくないか」とビビっていたが、無責任に「面白そうじゃん、やろうぜ?」と健吾に同調した仲間の方が、数としてわずかに上回った。結果として、襲撃は実行されることになり。健吾たちは、ひと気のないガード下で1人で寝転がっていたホームレスに、狙いを付けた。
健吾と、健吾に同調した仲間たちは、ホームレスを取り囲み、好き勝手に暴行を加えた。サッカーをする時のように「シュート!」と言いながら、背中を蹴り上げる者。どこかから拾って来た鉄パイプを振り下ろす者。それぞれの「楽しみ方」で、ホームレスをいたぶった。
健吾もまた、薄汚いホームレスの背中に、「靴が汚れちまうぜ、ちくしょう」と思いながら、容赦なく蹴りを入れていた。だが、他の仲間たちが、全く抵抗せず「やめて下さい、やめて下さい」と泣きじゃくるホームレスを見て面白がっているのに比べ、健吾にはそれが、「心から楽しい」とは思えなかった。
健吾に同調しなかった数名の仲間は、仕方なく一緒にガード下まで来たものの、「襲撃」には参加せず、「おい……マズいよ、マジで」と、ホームレスを痛めつける仲間たちを、後方で見つめていた。そして彼らはその後、徐々にグループの「集まり」に顔を見せなくなっていった。しかし健吾はそれを、かえって好都合だと考えていた。反対していた奴らがいなくなれば、「次の襲撃」も、すぐに決まるだろうと。
健吾の思惑通り、次の襲撃は、前回から一週間と経たないうちに、健吾の主導で実行された。今度は前回とは違う場所に、ダンボール敷いて寝そべっていたホームレスを狙った。「反対意見」を唱える者がいなかった分、襲撃はスムーズに行われ、よってたかって袋叩きにすることは簡単だった。
だが、やはり健吾の胸の中には、「充足感」が生まれてこなかった。前回は、一緒に来たくせに手を出さず見ているだけの奴らがいるせいで、そんな気分になったのかとも思ったが。今回の襲撃で、「そうではなかった」ことがはっきりした。なぜ自分は、他の奴らのように満足出来ないのか。無抵抗な奴をボコボコにすることを、心から楽しめないのか……?
そこで健吾は、「はっ」と気付いた。
……「無抵抗で、ボコボコにされる」。これだ。自分は、好き勝手に暴行されているのに、その相手が「なんの抵抗もしてこない」ことが不満なんだ。なぜ、何もやり返さないんだ。どうして、ただ黙って暴行を「受け入れて」いるんだ……?
それに気付いたとたん、健吾の中で、何かが「ぼっ」と燃え上がった。胸の中の何かのスイッチが、いきなりオンになったような感触だった。気が付くと健吾は、他の誰より前に出て、ホームレスに続けざまに蹴りを入れていた。
「ほら、悔しくないのかよ。やられっぱなしでいいのかよ。反撃してみろよ。俺に向かって来いよ、やり返してみろよ! さあ!!!」
健吾は、もはや「助けて下さい……」と呻くこともなくなったホームレスに、叫ぶようにそう言いながら、強烈な蹴りを食らわせ続けた。その鬼気迫るような状態の健吾に、襲撃に同調した仲間も「さすがにヤバい」と思って、健吾を羽交い絞めにし、身体を押さえつけたのだった。ほんとにこいつは、このまま殺してしまいかねないと。
他の仲間は、社会的弱者であるホームレスを「痛めつける」ことが目的で、「殺してやろう」などとは、これっぽっちも考えていなかった。殴る蹴るの暴行を加え、相手が泣き叫んだり悲鳴をあげたりする様を見るのが楽しかったのだ。殺してしまったら、相手はなんの反応もしなくなる。自分たちは、「殺人罪」に問われる。暴行と殺人とでは、警察の追及も変わってくるだろう。仲間たちの頭には、警察でキツい尋問を受け、少年院に送られるイメージまでが浮かび上がっていた。
こうして、「やっとの思い」で健吾を止めた仲間たちだったが。それでもまだ、「やり足りない」という顔をしている健吾を見て、「明らかに、こいつはヤバい」と思うようになった。いつしか、健吾とつるもうとする者は、1人、また1人と減って行った。それでも健吾は、胸の内に点火した想いに、確たる信念を持っていた。それこそが、自分の求めるものであると。
ただ、無抵抗の相手を好き勝手に殴っていても、面白くない。なぜなら、自分が危険に晒されるというスリルがないからだ。自分の身に危険が及ぶ可能性があって、初めて俺は「満足」出来るんだ……!
それが、健吾が抱いた信念だった。そして、それまでの仲間が、次々に去って行く中。どこかで健吾のウワサを聞きつけたのか、ごく少数ではあったが、「ヤバイ奴」が健吾の周囲に集まり始めた。その中に、健吾と共に星野家を訪れた、一朗の顔もあった。
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