第11話せんぱい!
女になってから3日目。ボクは気づいてしまった。今のままでは、俊樹をボクに惚れさせるのは難しい。
昨日の失敗は、ボクに大きな影響を与えた。ボクの渾身の演技すら、あいつにはあっさりと受け流されてしまったのだ。ハンバーガー店で、緊張に胸をドキドキさせながら言ったセリフ。
『ボクのこと……好きになってくれないの……?』
結構勇気出したのに! だいぶ恥ずかしかったのに!
しかしあれでも俊樹の鉄仮面は揺らぐ様子すら見せなかった。しかも他の男にはそれをしないようにと釘まで刺されてしまった。
そんなに気持ち悪かったかな……結構自信あったんだけどな……。
でもボクは、この挫折を経て気づいたのだ。ボクには、女の子としての経験値が圧倒的に足りない。こればかりはどうしようもないことだ。だって、ついこの間まで男として生きていたのだから。
だからこそ、ボクは先輩に頼ることにした。
「私に話なんて珍しいじゃん。どうしたの、稲葉さん」
話しかけたのは、この間ボクを事情聴取に連行した栗山さんだった。容姿の整った彼女なら、きっと経験豊富でボクにアドバイスをくれると思った。
しかし、改めて話しかけてから、ボクは気づく。今から言おうとしていること、かなり恥ずかしいことなのではないだろうか。ここまで来て、言葉に詰まる。
けれど栗山さんは、優しい表情のままでボクの言葉を待ってくれた。ああ、こんな優しい子に、個人的な頼み事をするのは気がひけるな。
でも、ここまで来たからにはボクも男として覚悟を決めなければ。顔が紅潮する。大きく深呼吸をしてから、震える声で、ボクは告げた。
「じつは、その、俊樹に改めてボクに惚れて欲しくって、ええと、ど、どうすればいいのか教えてくれないかな?」
「か……」
「か?」
「かわいいいいいいいいいいい!」
「うわっ!」
栗山さんは突然叫び出すと、ボクに抱き着いてきた。顔いっぱいに、栗山さんの大きめの胸が接触してきた。
「なんだこの可愛い生き物! 乙女か! いじらしい! 好き!」
「モゴモゴ」
うおおおおおおお! これが夢にまで見た女の子の胸! これは……! これこそが、ボクが夢に見た桃源郷!
柔らかい。そして、いい匂い。さらに何よりも、包み込まれているという安心感がある。すごい。ボクの妄想を何倍も越えてくる三次元に、ボクは圧倒された。
「モゴモゴモゴ!」
「あ、ごめんごめん。苦しかった?」
「いや、大丈夫」
柔らかかったから。しかし、くそ、せめて後5秒くらいは、あのまま桃源郷にいたかったなあ。
「とにかく、そういうことなら頼もしい助っ人も呼べるから……あ、他の人にこのこと話しても大丈夫?」
「まあ、あんまり沢山の人に伝わらなければ」
「うんうん、そっかそっか」
栗山さんの瞳はずっと生温いままだった。むずがゆい。
「それじゃあ、私たちも気合入れて準備するから、放課後まで待ってね」
「えっ? あ、うん。分かった」
別に今ちょっと助言してくれれば十分だったんだけどな。しかし栗山さんの目の中の熱量は凄まじく、ボクはそれ以上発言することができなかった。
ボクの元を去った栗山さんが早速友人に話しかけているところを見届け、自分の席へと戻ろうとする。しかし、そんなボクにちょうど俊樹が話しかけてきた。
「おう、なに話してたんだ?」
「別にー。なんでも」
お前に話すわけがないだろ。お前を惚れさせるための作戦なのだから。しかし俊樹は簡単には引き下がらなかった。
「放っておくとあり得ない失敗とかしそうで怖いんだよ。俺たちの関係が嘘だってバレないように気を付けろよ。お前、たまに信じられないくらい口軽いからな」
「なんだよー。そんなこと言い出したら、ボクはお前以外と話せないじゃないか」
「別に話すなって言ってるわけじゃない。ただ話す内容は考えとけよってことだ」
「なあ俊樹」
「なんだよ」
「お前、彼女が他の人話すのを嫌がる束縛彼氏みたいだぞ」
「グッ……」
俊樹は、胸に矢でも受けたみたいに崩れ落ちた。ボクの言葉が結構ショックだったようだ。
「あ、それと今日は一緒に帰れない。約束ができた」
「そうか。ああ、栗山さんと話していたのがその約束か」
「そうそう」
「まあ、女子なら安心か。あんまり女子だけで夜遅くまで外にいるなよ。危ないぞ」
「俊樹、今度は娘に構いすぎてうざがられる父親みたいになってるよ」
「お前みたいな生意気な娘いらんわ」
そうは言いつつ、俊樹なら子煩悩な父親になりそうだ。人に興味がないように見えて、その実結構他人の心配をしている彼なら、過保護になってもおかしくない。
「それにしても、栗山さんと出かける、なんて以前のお前ならおおはしゃぎして喜びそうなものだったが。意外と冷静だな」
「フッ、今のボクは、桃源郷を知っているからね。これくらいでは動じないさ」
女子との放課後のお出掛けすらも、あの体験に比べればそう大したことではない。半ば悟りを開いたような気分だった。怪訝な顔でボクを見る俊樹には分かるまい。
ボクは胸中に広がる満足感と優越感に、一人ほくそ笑んだ。
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