第10話学校行ったら親友が女になってた件について
その時の衝撃を、俺はきっとこの先ずっと忘れないだろう。
「あっ、俊樹!」
俺の下の名前を呼ぶのなんて、両親かアイツくらいのものだ。だから俺は、ようやく目の前にいる女の子があいつであることを確信できた。
「ゆ、ゆうき……?」
困惑する。確かに、顔のパーツや表情など、それらを総合して考えれば、確かにアイツなのだろう。けれど、その装いは女子制服で、スカートがひらひらと揺れていた。あいつは女顔でたまに女に勘違いされていたが、だからこそ女っぽい服を着ることを嫌っていた。
「お前、なんでコスプレなんて……」
「その様子、お前まさかボクのこと男だと認識できてるのか!?」
「は? 何言って」
「良かったー! ボク男だったよねって聞いてもみんなきょとんとした顔するから、自分の頭の状態を疑うところだったよ!」
冗談めかした言葉だったが、よく聞けば声には結構真剣な響きが籠っていた。こいつは自分が辛かったり悲しかったりする時でも、明るい顔で、なんでもないような顔でそれを隠したりする。
傍で見ている身としては、いつか気づかないうちに限界を迎えるのではないかと心配になる。
「ちょっと聞いてくれよ、俊樹!」
興奮気味な彼(?)は、一気に話し出す。質問も反論も許されないままに、俺はその話を聞く。
夢に悪魔が出てきたこと。悪魔が呪いをかけてきて、女の体になったこと。その呪いを解くためには、男に心から惚れられる必要があること。
正直、平時の俺なら熱でもあるんじゃないか? とまともに取り合わなかっただろう。でも、同じ話を二度も聞くと、流石に全部嘘だとは言えなかった。なによりも、彼が女になっていることが、決定的な証拠だった。
「そういうわけで、我が親友よ。ちょっとボクに惚れてくれないか?」
「お前はなにを言ってるんだ?」
いや、やっぱりこいつ熱があるんじゃないか? いつにも増して馬鹿だぞ。
そんな話をして、俺もなんとかゆうきが女になってしまった事実を受け入れて、なんとか二日をやり過ごした。その間に、ゆうきが男子生徒に襲われかけたり、俺と彼女が付き合っている設定が誕生したり、クラスメイトにそのことを説明することになったりした。
正直、めちゃくちゃ疲れた。こんなに濃厚な二日を過ごしたのは人生で初めてだ。
「うーん……」
なにやら馬鹿な頭を必死に働かせて考えを巡らしているゆうきを見て、俺はまたため息を吐きそうになった。なんて吞気な顔だ。大方、俺を惚れさせるにはどうすればいいのか、などと馬鹿なことを考えているのだろう。顔をみればだいたい分かる。
しかし……俺は、改めて変わってしまった親友の顔を観察した。相変わらず見た目だけは文句なく可愛い。ぱっちりと開いた目。見事なロングヘアー。華奢な体つき。
中身があいつだと分からなければ、それこそ惚れていたかもしれない。基本的に二次元にしか興味のない俺ですらそう思ってしまうほどに、彼女の美貌は完成されていた。そして何よりも危険なのが、その気安い態度だ。
男同士にしても、ゆうきは人との距離が近かった。なにかあれば肩を叩き、冗談のノリで肩を組み、いえーいとハイタッチを求めたりしていた。
そんなのが急に女になったのだから、もう大変だ。魔性の女の誕生だ。男子高校生なんてイチコロだ。
でもこいつは、俺がいくらそのことを説明しても大して危機感を持っていないようだった。
「ンン―ッ!」
ゆうきが大きく胸を逸らし、伸びをしていた。曲線を描く上体から、胸の形がハッキリ分かるようになる。……意外とあるな。俺はさりげなく目を逸らす。
「なんか頑張って考えてたら疲れちゃったなー。そういえば、俊樹の方ではボクが男に戻る方法とか見つかった?」
「いや、ないな。性別が急に変わるなんて大騒ぎする人間がいてもおかしくないと思ったんだが、そういう噂話は見つからなかった。どうやらお前だけみたいだ」
「まあ悪魔の口ぶりもそんな感じだったからねー」
その悪魔の言うことを素直に鵜吞みにするのもどうかと思うのだがな。ゆうきの夢に出てきたのが本当にあの悪魔なのだとしたら、呪いを解く条件すらも怪しいものだ。
仮に男に惚れられたとして、それでも女のままだったとしたら、後にはゆうきに惚れた男と男を好きになれない女であるゆうきだけが残る。トラブルの予感しかない。
「じゃあ、ボクでも攻略できるチョロそうな男とか見つかった?」
「チョロそうって……いや、いないな、お前みたいなちんちくりんに惚れる男なんて簡単には見つからねえよ」
「なんだよー! ボク可愛いだろー!?」
いや、正直嘘だ。確かに今のお前は可愛い。その美貌と気安さなら、男子高校生くらいコロッと落とせそうだ。
しかしそれを伝えると調子に乗りそうだったので、本心は伏せておく。どのみち、コイツが俺以外の男にアプローチをかけると鈴木の時みたいにロクなことにならなそうだった。
「じゃあ俊樹は?」
「なにが?」
問うと、ゆうきは、急に表情を変えた。ぱっちり開かれた目が上目遣いになる。けれど、時折自信なさげに視線が逸れる。両手が不安そうに胸の前でもじもじする。そしてその声は、乙女の如く、頼りなく、切れ切れに震えていた。
「ボクのこと……好きになってくれないの……?」
その瞳に、引き込まれそうになる。心臓が大きく揺れる。体温が急上昇する。頼りなげに震えた声は、今すぐに抱きしめて安心させてやりたいほどだった。
「……」
「え? なんで黙るの? せめて否定くらいしてくれよ。おーい」
言ってから不安になったのか、ゆうきが身を乗り出して俺の肩を揺さぶってくる。途端に迫ってくる正体不明のいい匂い。くそ、なぜだ。一昨日までお前そんな匂いしてなかっただろうが。
肩に乗せられていた手を掴む。白くて小さいそれは、あっさりと俺の手に包み込まれる。俺は掴んだ手を、ゆっくりとゆうきの体へと返した。
「――お前、それ絶対俺以外にするなよ」
「なに、独占欲?」
「違うわ!」
そんなの、普通の男なら耐えきれないと思ったからだ。
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