第12話ふぁっしょん!

「待たせたね、稲葉さん!さあ、行こうか!」


 放課後、ボクの前に立ちふさがったのは、目をギラギラと輝かせた栗山さんだった。


「えっ、行くってどこに?」

「もちろん! 君を女の子にしてくれる場所だよ」


 ボクは残念ながらもう女の子なのだが。けれど、栗山さんはそういうことを言っているわけではなかったらしい。


「こちら、助っ人の片岡さんです」

「どうも、可愛い女の子評論家の片岡です。今日は稲葉さんの大願を叶える手伝いができれば幸いです」


 片岡さんは解説じゃなかったっけ……。


「あんまり噂話が広がるのも嫌かなと思って、今日は加奈しか呼んでないよ」


 加奈、とは片岡さんのことだろう。任せろ、と言わんばかりにサムズアップしている。


「それで、結局どこに行くの?」

「稲葉さん、自転車だっけ」


 あれ、ボクの言葉聞こえなかったのかな。


「いや、歩きだよ。ねえ、どっか遠く行くの?」

「おー、いいね。お金ある?」

「え、お金? ……ああ、まああるよ」

「ならヨシ! さあ、行くよ!」

「だからどこに!?」


 ボクはどこに連れていかれるの!?





 夕方のショッピングモールは、制服姿の学生の姿が目立った。そんな人ごみの中の一つになったボクたちは、女子三人、ぶらぶらと歩いていた。


「もしかしてだけど栗山さん、ボクのためにお洒落を教えようとしてくれてる? ボクなんかのためにそこまでしなくてもいいよ。ボクはただ、ちょっと俊樹を動揺させたかっただけで……」

「甘い、甘いよ稲葉さん!」


 栗山さんはボクの方を振り替えると、熱量高く言い放った。


「いつもと同じじゃ、慣れ親しんだ彼氏を惚れ直させるなんてできないよ! もっと人目で分かるような変化を利用して、心臓をズキューンって突き抜かないと!」

「いや、それはちょっと仕草を変えるとかで……」

「ノンノンノン。いくら稲葉さんが可愛いからって、堅物の秋山君は簡単にはときめかないよ。評論家の片岡さん、そうですよね?」

「ええ、そうですね。可愛い彼女を持った男性とは、えてしてその状況に慣れてしまうものです。なので、改めて惚れさせるのなら、できるだけ可愛く着飾って、度肝を抜く必要がありますね」

「度肝を抜くって……着てるものが変わったくらいでそんなに変わるものかな……」

「変わるよ!! もちろん!!」


 栗山さんはずっとセリフの圧が強いままだった。明日辺り喉を枯らしそうだ。


「というか、稲葉さん普段のデートにはどういう恰好で行ってるの?」

「え? あー、じゃ、ジャージとか? Tシャツにジーパンとか?」


 俊樹とゲーセンに行く時のボクはだいたいそんな感じだった。

 しかし、女子二人はボクの言葉に、信じられない、と言わんばかりにわなわなと震えていた。それは、例えるなら宇宙人にでも遭ったような動揺具合だった。


「あ、あり得ない! か、片岡さん、これはいかがでしょうか……?」

「ご、言語道断ですね。稲葉さんには、可愛い女の子保護条例違反の疑いがありますね。すぐに矯正が求められますよ」


 真面目くさった顔で言った片岡さんが、栗山さんと目を合わせてうなづく。その瞳には、正体不明の熱が籠っていた。


「もったいない! いくよ、稲葉さん!」

「うわっ! なにも手を握らなくも!」


 というか柔らかすぎてすごいドキドキするんだけど!


「まずは二階から攻めよう、加奈」

「そうだね。これは下手したら下着から買う必要があるかもしれないよ」

「それは買わなくて良くない!?」


 ボクの言葉は、二人には全く届いていないようだった。





「これ可愛い!」

「ええ……ボクには可愛すぎるんじゃないかな……」

「ううん、すごい似合うと思う! はい、試着!」


「いや、だから下着はいいって!」

「ダメだよ! 可愛いは内側からだよ! もし彼氏に見られる時が来たらどうするの!」

「うええ!? ないない! そんな時来ないよ!」


「うーん、この顔ずるいな。何着せても似合うぞ」

「これは可愛い女の子の特権が存分に発揮されていますね」

「まだ……まだ終わらないの……?」




「ふっふっふ、完璧だよ! いやー、やりましたね、片岡さん」

「ええ、大仕事でしたが、時間がかかっただけあって良いものが出来たのではないでしょうか」

「うう……ボク本当にこれ着るの!?」

「「当然!」」


 長い時間ボクをコーディネートしていた二人の息はバッチリ合っていた。


「じゃあ、最後の仕上げに、今週末に秋山君をデートに誘おうか」

「うん、家に帰ってからやっとくよ」

「あ、ダメだよ! そう言って有耶無耶にする気でしょ! せっかく秋山君に惚れ直してもらうって決意したんだから、最後まで勇気だそ!」


 バレたか……。今日買ってもらった服は、ひっそりとクローゼットに仕舞いこまれる予定だったのに……。


「ここで、電話して! 今! right now!」


 無駄にいい発音で栗山さんがせかしてくる。片岡さんも、ボクの顔をじっと見つめてきていた。


「くっ……」


 逃げ場なし、か。ボクは観念してスマホを取り出すと、俊樹との通話を始めた。いっそ出ないでくれ、と思ったが、無情にも、呼び出し音が止まり、俊樹の息遣いが聞こえてきた。


「あ、俊樹か?」

「お前が俺の携帯かけたんだからそうに決まってるだろ」

「そ、そうだよな……はは」


 なんだこれ、謎に緊張する! 通話するのなんて初めてじゃないのに、伝えるべき要件を意識するだけで言葉に詰まる。なにを言えばいいのか分からなくて、前髪を弄ってしまう。

 ふと、視界に栗山さんが映った。なにやらスマホをこちらに差し出している。画面にはなにか文字が表示されていた。それは、ちょうどカンペのようだった。

 なるほど助言か、助かる! 

 文字に目を凝らす。そこには、こう書かれていた。


『照れてて可愛いね』


 役に立たない!

 くそう、ボクを助けようとしてくれているわけじゃないのか……ただ面白がっているだけだった……。


「……どうした?」

「あ、ああ。その、今週の土曜って暇?」

「ああ、だいたいいつも暇なのお前も知ってるだろ」

「そ、そっか。そうだよね」


 ボクが愛想笑いしていると、俊樹の方から困惑しているような雰囲気が伝わって来た。そろそろこいつはなんで電話かけてきたのだろう、と疑問に思っている頃だろうか。

 ボクが言葉に詰まっていると、再び視界に栗山さんの姿が映った。

 なんだ、また揶揄うのか、と思い、そちらを見ると、スマホにはある文字が書かれていた。


『がんばって。出して』


 その言葉に、ボクは自分が何をしたかったのか、改めて思い出した。

 思い出される、先週までのあたりまえと、悪魔の顔。


 そうだ。ボクは男に戻るんだ。俊樹を軽く手玉に取って、完膚なきまでにボクに惚れさせてやるんだ。


 意識的に、ボクは息を吸った。俊樹に、できるだけ意識されるように。特別であることを強調するように。


「ねえ、デート、しようよ」


 栗山さんと片岡さんがサムズアップしている。ボクもまた、笑顔で親指を立てた。

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