第4話 彼女との下校デート!?


 二人並んで下校を始めたが、お互いに口を閉じたままだった。気まずいような、先ほどの出来事に触れることを躊躇っているような、そんな沈黙だった。

 けれどこのままではいられないと、ボクは重い口を開いた。


「その……ボク、俊樹の彼女になっちゃったな」


 ハハハ、と続けるつもりだったが、俊樹が凄まじい目でこちらを睨んできたのでやめた。


「お前みたいな彼女誰がいるか。お前なんて不良債権だ。粗大ごみだ」


 ひどい。ボクもこんなDV彼氏は要らないかもしれない。


「じゃあ、なんで助けたんだ?」

「……親友だからだ」


 その目には、女になってしまったボクではなく、元の男の僕を見つめているようだった。

 自分のセリフに気恥ずかしくなったのか、彼は少し視線を外して言い募った。


「……まあ、これでようやくお前も自分の危なっかしさに気づいただろ」

「危なっかしさっていうか、正直なんであんなことになったのか理解できないよ……」


 鈴木とは男友達として少なくない時間交流してきた。彼のあんな暴力的で一方的な態度を、ボクは一度も見たことがなかった。


「お前の認識が薄いみたいだからハッキリ言っとくぞ。今のお前、男子高校生には魅力的すぎるんだよ」

「……なに、告白?」

「違うわ!」


 君は魅力的すぎるね、なんてまるで告白じゃないか。そう思って口に出したのだが、俊樹は頭痛がするみたいに頭を抱えていた。


「いいか? 俺以外の人間の認識では、お前は最初から女だったことになってる。けど、お前の今までの振る舞い自体は同じだったことになってるんだ。要するに今のお前は、やたら距離が近くて話しやすくて、気安過ぎて勘違いするような振る舞いをする女子高生だ」

「いいね、最高じゃん。ボクが付き合いたいくらい」

「……お前、危機感ってやつを母親の胎内に置いて来たんじゃないか?」


 ジト目でこちらを睨む彼は、呆れたようにため息をついた。ボクと話している時に、彼が良く見せる態度だった。


「だから、鈴木に限らず変な勘違いをした奴がお前に無理やり迫ってくる可能性がある。お前の想像する『たぶらかす』っていうのはせいぜいちやほやされたいとかそういう幼稚な願望だと思うが、実際のところもっと深刻な事態になるかもしれない。……ここまで言えば、馬鹿のお前でも分かるか?」

「……まあ、流石にあんな目にあえばね」


 正直言って、怖かった。自分1人ではどうにもならないような恐怖感と、焦燥。俊樹が教室に現れた時には、安心で腰が抜けるかと思った。


「そういうことも加味して、あの場を切り抜けるために俺が吐いた嘘が『お前が俺の彼女だ』って寒気のする冗談だったわけだ」

「まあ、俊樹がボクを助けようとしてくれていたのは流石にボクでも分かったよ。……ありがとう」


 気恥ずかしいのを堪えて、素直に礼を言う。


「ああ。まあ、何か致命的なことになる前に良い教訓を得られたと思うことにするか。お前馬鹿だから口でいくら言っても分からなそうだったし」

「それは……ごめんって」

「とにかく、学校ではひとまず俺の彼女のふりをしとけ。色んな面倒を避けられる」

「それは……なんだか鳥肌の立つ光景だね」

「奇遇だな。俺もだ」


 ボクたちが付き合っているふりをする様子を想像して、二人そろって身震いをする。


「それに、お前の言う悪魔曰く、男に惚れられれば戻れるんだろ? だったら、今日の鈴木の一件でその条件は達成できたんじゃないか?」

「た、たしかに!」


 喜んで、ふと気づく。それなら、ボクはどうして未だにこの非力な体なのか。


「……でも、戻ってない。それに、あの悪魔はそんな簡単に条件の達成を認めない気がする」


 直感だが、あいつはボクが四苦八苦する姿をできるだけ長く眺めていたいのだろう。まさか一日で解放されるとは思えない。


「……まあ、もし悪魔に会ったらそれも聞いてみたらどうだ。ダメ元でも、やらないよりマシだ」

「まあ、やるだけやってみるよ」

「俺とお前が付き合っていることにすれば、しばらくトラブルは起きないだろう。そのうちに、解決の糸口を探す。……こんな超常現象に解決策が見つかるのか、検討もつかないけどな」


 彼は真剣にどうしたらいいか考えてくれているようだった。

 ああ、やっぱり俊樹は頼りになるな。いつでも冷静で、こんな有り得ない状況でも解決策を考えてくれている。ボク一人が困るのを良しとせず、手を差し伸べてくれている。そんな彼に、ボクはいったい何が返せるだろうか。どう報いることができるだろうか。

 思いついたのは、原点回帰とも言える方法だった。


「ねえ、俊樹はたしかイケメンのくせに付き合ったことないんだよね?」

「喧嘩売ってんのか? ……まあ、そうだな」

「じゃあ、ボクが初めての彼女ってわけだね。ご愁傷様」

「本当にな」


 不貞腐れたように言う彼に、ボクはにこにこと自分の提案を語った。


「可哀想だから、俊樹に恋愛の疑似体験をさせてあげるよ」

「は? どうやって?」


 突然なにを言い出したのだこの馬鹿は、と彼はジト目でこちらを見てきた。


「ボクが彼女役だろ? だから、それで」


 そして、あわよくばお前を惚れさせてやる。野心の方は隠したままで、ボクは提案する。俊樹に変に警戒されたくないからだ。

 それに、ボクの疑似恋愛計画が成功すれば、俊樹は彼女がいる気分を味わうことができるし、ボクは男に戻れる。完璧だ。


「いや、でも俺は突然スカート捲り上げだす彼女は要らないぞ」

「ちょっと! 女の子初心者のボクの失敗をあげつらうことないじゃないか!」

「女の子初心者っていうか普通の人ならしない失敗だろ……」

「ともかく! 明日から楽しみに待っているように」


 そう言って、ボクは笑った。

 ボクは馬鹿だ。だから、スマートな方法なんて思い浮かばなかったが、せめてボクのために頑張ってくれている俊樹が笑ってくれたらいいと思った。

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