第5話悪魔は愛について熱心に語る
「クックック! 早速面白いことになったな!」
悪魔は、昨日も聞いた高笑いでボクを迎えた。
「ボクの夢に勝手に来るな。不法侵入だぞ」
「つれないな。せっかく美少女にして人生に刺激をくれてやったのに」
「あんな刺激、いらない!」
思わず大きな声が出たが、悪魔はニヤニヤと笑うだけだった。
「いやいや、たしかに嫌な笑いはしたかもしれんが、その後にお前の親友と彼氏彼女の関係になれたじゃないか! クックック!」
楽しそうに、本当に楽しそうに悪魔は笑った。
「それよりも、お前鈴木になにをしたんだ。あいつはあんなことする奴じゃなかったはずだ」
「ん? 奴自身に変化はないぞ。変わったのはお前だけだ」
「そんなはず――」
また激昂しかけるボクに、悪魔はにやにやと言葉を続けた。
「考えてもみろ。今まで男同士の近さで接していたやつが、急に女になったんだぞ。好意があると考えるのも自然だろ」
それは、俊樹の忠告とも似ていた。けれど、それを悪魔に言われても腹が立つだけだった。
「……つまり、俊樹の言う通りあいつの彼女のふりをしていれば、この前みたいなことは起きないってことか」
「まあ、確率は減るんじゃないか。良かったな、親友を惚れさせるのに大きく前進だ」
「……嬉しくない」
そう言われると、なんだか彼の好意に付け込むようじゃないか。
「そういえば、鈴木のあの様子、ボクに惚れていたと言ってもいいんじゃないか? 条件を達成したから、ボクの呪いは解けるんじゃないのか?」
「違うな」
悪魔は表情を改めた。
「あんなのは性欲だ。自己顕示欲だ。本能だ。あんなもの、惚れるとは、愛とはほど遠い。愛とは、もっと自分本位ではなくて、思いやりに満ちていて、純粋であるべきだ。」
「うわあ、お前の恋愛観すごいな。少女漫画かよ」
「やかましい! お前ら人類が勝手に愛を低俗なものにしたんだろ! このケダモノどもが!」
悪魔は無駄に理想が高かった。……悪魔とは、人間を堕落に誘う存在ではなかったか。どうしてこんなに理想が高いんだ?
悪魔がどんな価値観をしているかなんて知ったことではないが、それではボクの呪いはどうすれば解けるというのか。コイツの高い理想通りに行けば、『男に心から惚れられる』というのはかなり高いハードルなのではなかろうか。
「なあ、じゃあもっと具体的に惚れさせる、っていうのがどういうことなのか定義してくれよ。どうすればボクは元に戻れるんだ?」
ボクの言葉に、悪魔は腕を組んだ。
「ふむ、愛を、惚れるということを定義するなど無粋極まりないが……」
真剣な表情で悩む悪魔は、無駄に律儀だった。
「そうだな、しかしお前が目標を失ってやる気を無くしたら困る。では、お前が告白されたら、というのはどうだ?」
「ええー。厳しくないか?」
告白っていうのは結構勇気のいる行為だ。ボクは身をもってそれを実感している。
「なにを言う。貴様は親友といい感じだったじゃないか。あの様子なら、告白させるのも容易いことではないのか?」
「は? ……はああああああああ!?」
とんでもない物言いに、ボクは憤慨した。
「誰と誰がいい感じだったって!?」
「いや、だって貴様の知識によれば、恋人のふりなんてラブコメの導入そのものではないか。演技をしているうちに、惹かれ合う二人。いがみ合っていたのが、だんだん態度が変わっていき、やがてどちらともなく想いが……」
「うわあああ、聞きたくない聞きたくない聞きたくない!」
ボクはその言葉を聞いていることができなくて、耳を塞いだ。けれど、悪魔の声はボクの頭に直接響いているみたいに鮮明に聞こえてきた。
「その様子、まさしく主人公との仲を揶揄われて照れるラブコメヒロインだな」
「やかましいわ! というかやけに漫画に詳しいな!」
「ああ、俺はお前の記憶を自由に覗けるからな。暇つぶしに漫画の記憶を覗いていたんだ」
なんだかとんでもないことを聞いた気がする。
「じゃあプライバシーの侵害って言葉も知ってるよな!? 個人情報保護法も!」
「俺を人間の法で裁けるとでも思ったか? 常人には見ることすらできないのに?」
くそっ、やっぱコイツ腹立つ。
「じゃあ、聞きたいことは聞いたな。この夢を終わらせよう。明日からの学校もせいぜい面白いおかしく楽しめよ」
「待て」
最後に、ボクは聞いておかねばならないことがあった。
「本当に、鈴木や俊樹、それに他の人には何もしていないんだよな?」
目に力を籠めて、睨みつける。女になったボクが睨んでも威圧感なんてないかもしれないけど、それでも精一杯の意思を籠めて睨む。
ボク以外にもこの悪魔の被害者がいるのなら、ボクはこいつへの認識を改めなければならない。
ボクの反抗的な瞳に、しかし悪魔は楽しげだった。
「ふむ、そういう顔もできたのか。安心しろ。貴様の親友を始め、他の人間にはなにもしていない。変わったのはお前だけ、困るのもお前だけだ」
「いいや違う。お前には分からないかもしれないけど、人間は近しい人が困っていたら、一緒に悩み、解決策を考えてあげられる生き物だ。だから、ボクが困って俊樹まで困らせてしまった」
「それこそ、俺の知るところではない」
悪魔は、今までで一番悪魔らしい表情をしていた。
「……くそっ」
ああ、こんな奴と対話しようと思ったボクが馬鹿だったな。そう思うと同時、ボクの意識は薄れていった。
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