第3話 アンダーグラウンド 2
《はじまりの街》カトレフの中心。四方から伸びる大通りの交差点にして終着点、一番地の心臓たる天井広場は昼夜問わず大勢の人間が行き交う繁華街だが、今日は様子がおかしかった。
人の多さは相変わらずだけど、なぜか広場の真ん中を囲むように人垣が出来ている。そこはアンダーグラウンドへ下るための入口がある場所だ。なにかあったのか。
人垣の間を縫って最前列近くに行き、ソラは事態をなんとなく把握した。
天井広場の中央には正方形の巨大な黒い箱のようなものがあり、箱の四方には大きな口が開いていて、アンダーグラウンドへ続く階段がある。どの入口から降りるかで行き先が変わる不思議な代物なのだが、ソラも含めて攻略者たちは深く考えず利用している。なにかしらの魔術的作用なんだろうな、程度の認識だ。
その入口を、謎の集団が陣取って封鎖しているらしい。向こうの入口は見えないけど、向かって左右の入口はそれぞれ武装した五、六人の凶悪な面をした連中が、ソラから見て正面の入口には二メートルを超える巨漢が二人、立ちふさがっている。正面の二人はでかいだけじゃなく、筋肉がこれでもかと盛り上がっていて威圧感がすごい。
しかも兄弟なのか、顔つきがそっくりだ。違いといえば顔の刺青くらいで、それがなかったら見分ける自信がない。左の頬から額にかけて上向きの蛇と、右の額から頬にかけて下向きの蛇の刺青。まるで一つの紋様を二つに分けたような刺青をそれぞれ入れている。
いや、ていうか、どういうあれなのこれ。いまいち状況が理解できず、ソラは隣に立つ男に声をかけた。
「ねえ、なにこれ?」
「ん? ああ、これは――って、《ベビーフェイス》!?」
「は?」
いきなり見ず知らずの男に
「い、いや、すまん」
「……まあ、いいけど。で、なにこれ」
あまり特徴のない地味な顔立ちの男がわざとらしく「こほん」と咳払いをした。
「見たまんまさ。
「
「この街の裏社会を牛耳ってる連中だよ。闇市を仕切ってるとか、人身売買してるとか、あとは金さえ積めば殺しも請け負うらしいって有名だぜ。中でも、あそこに立ってるドゥルとドゥアジは《
「ふーん、詳しいんだね」
「そんなことねえって」
素直に感心するソラに、凡庸な男が満更でもない顔で鼻をこすった。なんだよその照れ方。いつの時代の人間だよ。
「で、その
「それは解らん。連中のボスがなにか探してるらしいって噂だが、本当かどうか」
「警備隊は?」
攻略者が持ち帰るアンダーグラウンドの物品はカトレフの収入源だ。裏社会の人間がこんな無法を犯したらすっ飛んできてもおかしくないはず、なんだけど、なぜかあたりに警備隊の姿はない。
「さてね。今の領主様は連中と繋がってるって話もあるし、しばらく来ないんじゃないか?」
「なにそれ」
「連中は稼いだ金の一部を献上して、表沙汰に出来ない仕事も引き受ける。その代わり領主は連中を見逃す。そういう仕組みは珍しい話じゃないらしいぜ」
ありえない、と言えるほどソラはこの街の領主を知らないし、そういう仕組みとやらにも詳しくない。事実として警備隊が動いていないところを見ると、なるほどね、そうなんだ、と納得するしかないだろう。
でも、攻略者については別だ。
「それで、きみたちは? なんで雁首揃えて突っ立ってるの? これだけ攻略者がいるんだから無理やり突破すれば?」
「辛辣だねえ」
ソラの問いに、地味男は引きつった笑みを浮かべた。周囲から睨みつけるような視線を感じたが、知ったことか。
「そりゃあ数じゃ圧倒してるし、突破できるだろうな。けど確実に何人かは犠牲になるし、最初に突っ込んでいけば犠牲になる確率は高くなるだろ。誰もその最初の何人かになりたくねえのさ」
情けない、とは言い切れない。誰だって死にたくないのは当たり前だし。攻略者だからっていつ死んでもいいと思ってる人間は少ないだろう。
「ま、なんとなく解った」
ソラはため息を吐いて、人垣から進み出た。後ろで地味男が「あ、おい」と引き止めてくるが無視する。
どの道、ここで様子を見てても始まらない。
《
「ねえ、きみたちさ」
「「消えろ、ガキ」」
完璧にハモった。腕を組む動作まで揃っている。そういうパフォーマンスみたいでちょっと面白い。じゃなくて。
「はっきり言って迷惑なんだよね。さっさとそこ退いてくれる? それか、損害賠償してよ」
「「……なんだと?」」
「損害賠償。意味、解る? きみたちのせいでアンダーグラウンドに行けなくて、その分ここにいる
ソラとしても、そんなにここを通したくないなら帰るのもやぶさかではない。稼げるはずだったお金をこいつらが払ってくれるなら、だけど。もちろん素直に払ってくれるとは思ってない。こういうのは下手に出たらダメだ。堂々と、自分の主張をまくし立てる。そうすると、多少無茶な道理でも押し通せたりするものだ。
「「ぶわはははははははははははははははははは!!」」
はたして、ドゥル&ドゥアジの反応は、大爆笑だった。
顎が外れるんじゃないかというほど大きく口を開け、背を仰け反らせて大笑している。すごい声量と肺活量だ。そんなに面白いこと言ってないと思うんだけど。ていうかうるさい。
「愉快なガキだ」
「笑いすぎて腹筋が割れるかと思ったぞ」
「……別々に喋れたんだ。あと腹筋はもうバキバキでしょ」
思わず呟いたソラは、反射的にバックステップで二人から距離を取った。ドゥルが右手に、ドゥアジが左手に長い鉄の棒を握っている。大した早業だったが、後ろ腰から三節棍のようなものを取り出して一本の棒に組み立てたのをソラの目は捉えていた。
「もしかして
「やはりジョークのセンスがある。専属の道化師にならないか?」
「では
なるほど、顔の刺青くらいしか違いのない双子かと思ってたけど、性格もちょっと違うようだ。ドゥルはストレートな皮肉を言うタイプで、ドゥアジはちょっと捻った皮肉を言うタイプらしい。どうでもいいことを考えながら、ソラは剣を抜いた。
一触即発の空気が流れる。ソラは手品師もどきの双子から意識を外さないまま、奥でこちらの様子を伺っている強面集団を確認する。ニヤついた顔で囃し立てるだけで、加勢する気配はない。持ち場を離れたら他の攻略者がそこへ殺到するかもしれないし、そもそもドゥル&ドゥアジが負けるとは微塵も思っていないのだろう。
さて、どう立ち回ろうか。殺すのは避けたい。かと言って傷つけず無力化するには相当の実力差が必要だ。いくらなんでも《
隙を突いてアンダーグラウンドまで走り抜けるのが一番なんだけど、とソラが考えていた時だった。
「――そこまでだ!!」
大喝一声。人垣の中からよく通る男の声が飛んできて、その場の全員の注目が一点に集中する。
威風堂々と歩み出てきたのは、煌く星を散りばめた夜空のような全身スーツに白いマント姿の変態だった。マントの内側はスーツと同じ夜空が広がっている。なんだあの男。全身タイツとまでは言わないが、それに近い格好でどうしてあそこまで自信満々なのか。よく見れば濃い目だがハンサムな顔立ちをしているのに、それすら彼の変態性を高めている。
変態はズンズンとこちらに歩み寄ってきて、ソラの横で止まった。ソラを見下ろすなり、白い歯を光らせてニカッと笑う。妙に様になっていて、なんか腹立つ。
「よく頑張ったな、少年! あとは我々に任せるんだ」
「我々……?」
まさかこいつみたいなのがまだ他にもいるのか、という疑問――というより不安――をぶつける前に、変態男はソラを庇うように前へ出た。
「無用な争いは避けるべきかと様子を見ていたが、こんな小さな少年が勇気を出したのに黙っているわけにはいかなくてね」
「そこまで言われるほど小さくないんですけど」
ソラの抗議に変態男は顔だけで振り返ってさっきと同じ笑顔を浮かべ、サムズアップした。意味わかんない。どういうこと? 任せろ的な? ……いや、どういうこと?
「「その妙な格好、まさか」」
ドゥル&ドゥアジはこの変態男に覚えがあるのか、驚いたように声を揃えた。
それに応えるように、変態男が両手を腰に当て、胸を張る。
「私はウィリアム・“
ウィリアム・《
「――――アンダーグラウンドの昏き大地を照らす天の星だ」
.
はてなき空とさいはての星。 ―Valfraixe in the Sky― 九十九 緑 @outerops
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。はてなき空とさいはての星。 ―Valfraixe in the Sky―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます