第4話

 なぁ。俺はよ、お前が来てくれて感謝してる。急に何だと思うかも知れねえが、これは本心だ。お前のおかげで、もう心残りは何もねえんだ。



 ──それから、俺と花は見合いをした。けれどもそん時は2人して暗い顔のままで、口を開きもしなかった。


 見かねた仲人の叔母がなんやかんやと囃し立てたが、それは余計に俺達の口を閉ざさせた。そのうち叔母も諦めて「あとはお若い2人で」って決まり文句を呟くと、そそくさと奥の襖を開けて出ていったのさ。


 しーんとなって雨音だけが聞こえる部屋の中、先に口を開いたのは花だった。


 「最近、珠を見ませんね」


 それはまるでそっぽを向くように、ざあざあ雨が降る外を見ての言葉で。


 「そうだな」


 真似して俺も縁側を向いて呟いた。そしたらまた二人黙って、今度は俺が口を開いた。


 「珠のやつ、秋頃になると身体中に木の葉をつけてくるんだよな」


 なんでその話を口にしたのか、何故だか急にアイツの木の葉まみれの姿が頭に浮かんで、それで出た話題だった。


 「そうでしたね。楽しそうに葉っぱを踏みしめて。けど、そのまま人に化けるから…」


 「そうそう、顔に葉っぱを引っ付けまくった姿になってな。それがおかしいのなんのって」


 「ふふっ、今思い出しても笑えますね」


 「ああ、全くだ」


 珠の話をすると、何だか心が晴れる気がした。それは花も一緒だったようで、それから三人の思い出をいくつも語った。出会った頃のことから、最近のことまで……そうして二人で笑い合っていたけれど、不意に花が暗い顔に戻っちまった。


 そして俺の顔を見つめ、悲痛な思いを吐露しようとしたんだ。


 「弥吉さん。私は悪い女です」


 「そりゃあ、どうしてだい」


 言葉を返すと、刹那、花は言葉を詰まらせた。言い出すのにとても勇気が必要だったのだろう。しかし花は強い女だった。それでも歯を食いしばって、自分の罪を懺悔した。


 「珠は、弥吉さんのことを好いていました。それを私は知っていた。なのに、私も弥吉さんのことを好いてしまったのです。それであなたとの見合いが決まった時、まるで決断を急がせるかのように珠へこのことを話して…私が見合いを盾に、あの子を弥吉さんから遠ざけたのです。


 私はどうしようもない女です。珠が私を大事に思っているのを知っていて、それを利用したのです。私は、なんて卑怯な女なのでしょうか」


 それはひどく落ち着いている声だった。だがその裏側にはちょっとでも突けば崩れ去りそうな、そんな脆さが見え隠れしていた。


 「花、自分を貶めるのはやめねえかい」


 「いいえ、だって私は──」


 あいつは自分を責め続けようとした。ほっといてしまえば、自分で自分を殺しちまうくらいに。


 「やめろ」


 そんな花を、俺は低く冷たい声で咎めた。それは花のために出したんじゃなくて、単に自らを必要以上に卑しく責め立てる、目の前の人間に腹が立って出た声だった。


 「珠はお前の、俺らのそんな姿を見るために姿を消したんじゃねえぞ。アイツは俺と花の幸せを願って、自分がどれだけ辛かろうと、俺らのためだからと身を引いたんだ。それなのに、俺らがその想いを踏みにじっちまってどうする」


 珠が今どこで何をしていて、本当はどう思っているのか、それは珠にしか分からない。しかしだからといって残された俺らが、自らを卑下することなど許されないはずだ。少なくとも俺は、そう思っていた。


 …俺の言葉に、花は瞳を大きく揺らがせ、次に瞼を閉じて何かを想う様子を見せた。


 「だからそれまでよ、俺らは明るく生きていこうや。アイツが帰ってきた時に、ガッカリさせねえようによ


 それにアイツがその気なら、きっといつか帰ってくるさ。そん時になったら二人で、この色男を取りあえばいい。俺は両手に花で、願ったり叶ったりだからな!」


 どうにも説教臭くなっちまったのが嫌で、最後におちゃらけちまった俺に、


 「…珠が帰ってきたら、弥吉さんをほっぽいて二人で遊んじゃいますから」


 そう言ってきた花の顔には、もう憂いが無くなっていた。そしてその眼の色は、あの時の珠と同じ決意の色を宿していたんだ。


 「ねえ、弥吉さん」


 「なんだい?」


 「──私、弥吉さんが好きです。不束者ですが、あなたの妻にしていただけませんか」


 吹っ切れた花から出たのは、後ろめたさも何もない、曇りなき自分の言葉。


 「…俺でいいのかい?」

 

 花をじっと見つめると、彼女は真っ直ぐに見つめ返してきて。


 「貴方がいいのです」


 その面食らうほどの瞳の力強さは、彼女の想いの強さだったのだろう。


 「なら──こちらこそ、馬鹿で阿呆でどうしようもない男だがどうか、よろしく頼む」


 彼女の告白を受け止め、俺は両手と膝をつき深々と頭を下げた。そん時の花の顔は分からなかったが、あいつはきっと笑っていた気がする。


 「決めました。私は次に珠に会った時、正々堂々と胸を張って、弥吉さんの妻だ、と言える女になります。『珠がいなくなったから、珠のおかげで弥吉さんと結ばれた』。そう思うのはまっぴらごめんです。珠にあの時姿を消さなければと、後悔させてやります!」


 なぜなら彼女の晴れ晴れとした決意表明を、俺も笑って聞いていたのだから。



 こうして、俺と花は夫婦めおとの契りを交わした。仲人役の叔母さんは、さっきまでと全く表情が変わっちまった俺らを見て呆気に取られてたけど、それでもめでてえものはめでてえものだと、深く聞かずに祝ってくれた。


 ──それから結婚して子を授かり、それを機にってわけでもないが新しい藁葺わらぶきの家もこしらえた。その家は裏山沿いに建ててな。向かいには川があった。何でそこかっていうと「ここなら珠も来やすいだろうから」って俺と花で決めてたんだ。ま、そうして家族三人幸せに暮らしてたんだ。



 あの日までは。



 気づけば十年は過ぎたある日。忘れもしねえ、六月のことだった。あぁ、そうだ。お前もよおく知ってる、あの時のことだよ──。

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