第2話

 こんなに寒いとただの茶も旨く感じるなぁ、陽吉。そういやお前、これまでどこに行ってたんだ?


 何?町で染め屋を?いやぁ、そうかそうか!お前、小さい頃から染め屋になりたいって言ってたもんなぁ。


 そうだなって?…うん…本当に小さい頃言ってたなぁ…。


 え?そんなことより話の続きを?おうおう、分かったよ。


 ──それでよ、俺はアイツとよく遊ぶようになったけど、一つ困ったことがあった。どうやらキツネの世界には名前ってもんが無いらしく、一々「オマエ」だの「アンタ」だの、呼ぶときが不便で仕方なかったんだよ。それに俺には学ってものが無かったから、名付けようにもいい名前が出てこなかった。


 「そんなのいいよ、ワタシには」


 それが名前に頓着がないからこその返事なのか、それとも名前なんて自分の身に余るって謙遜だったのか、バカな俺にゃあ分かんなかったが、何故だか無性に、こいつに立派な名前をつけてやりたい気がして、俺は頭のいいやつを連れてきて、名前をつけて貰おうと考えた。


 そんで白羽の矢が立ったのが花──そう、お前の母さんだよ陽吉。同い年の中で、花はいっちゃん読み書きができた。それは周りの大人が目を見張るくらいのもんだったさ。


 俺は家ん中で何か書いてた花に「ちょいと頼みがある」って連れ出して、裏山の入り口に連れてきた。んで、「おーい」と山に向かって呼ぶと、「はーい」と山からトコトコとアイツが降りてきたんだがよ。


 アイツは何回か俺に会ってるうちに、少し気が緩んでてな。そん時、俺しか居ないだろうと思って、キツネ姿のまんまで返事しながら降りてきたんだ。


 「えっ!」


 当然、それを初めて見るんだから花は驚いた。


 「…あっ!」


 そしてその姿を見て驚いた花を見て、アイツも驚いた。


 「今日は友達もいるよ」


 俺にとっちゃどっちも友達だからいいと思って、合わせてみたんだが、二人からしたら初対面何だから、説明無しに会わせたらそりゃあびびっちまって。


 「き、キツネさんが喋ってる!」


 「や、弥吉以外の人間に、喋ってるとこを見られた!」


 二人ともてんやわんやで、お花は目をぱちくりさせて固まっちまうし、アイツはアイツで急いで人間に化けないとって、顔だけキツネの人型になったり、毛皮に包まれた人間になったりしていた。


 するとどうだ。突然、花がパタリと倒れちまった。


 「どうしたお花!」


 「あれま、大丈夫!?」


 急に倒れたもんだから俺もキツネも心配して、花を木陰に連れてった。熱が出ているようではないから、どうもキツネの目まぐるしい化け方に驚いて気絶しちまったんだろう。


 「すまないことをしたなぁ」


 やっと俺は、二人を何の説明も無しに引き合わせたのが悪いというのに気がついた。そしてキツネに、花を連れてきたわけをきちんと説明したんだ。


 キツネもそうだったのかと分かってくれて、花の目が覚めたら、私も謝らなきゃと言った。自分が慌てて化けてしまったから、彼女を気絶させてしまったと。




 しばらくすると、やっと花が目を覚ました。


 「うーん…」


 「大丈夫かいお花」


 俺は花に、説明をしなかったことの詫びと、俺がこのキツネに助けられ、今では友達になったこと、そしてキツネに名前をつけてほしいことを説明をした。


 キツネもさっきと違いちゃんとした人間の格好で、花を気絶させてしまったことを謝った。


 花は最初、何が何だかという顔つきだったけれど、拙い話を段々と理解してくれて、


 「あんな化け方を見せられたら、花は信じるしかありません」


 と、軽く笑って信じてくれた。そうしていよいよ、キツネの名前を考えるに至った。


 「そういえば、前に誰かから教えてもらった話があります。昔、玉藻前たまものまえという大妖怪のおキツネさんが居たと」


 「玉藻前…かっこいい名前」


 「なのでそこから名前を貰って『たま』という名前ではどうでしょう」


 「たま…!」


 「うーん、けどお花、ひらがなだと何だか味気なくないかい?」


 「花もそう思っていました。しかし玉藻前の『玉』だと捻りがないので、同じ読みをする字…『たま』を使うなんてどうですか?」


 俺たち二人は狐の顔を伺った。最初狐は俯いてたから、ありゃ気に入らないのかと思ったが、そうではなかった。


 「たまたま…!ワタシの名前!ワタシはたま!」


 小さく呟く声が次第に大きくなって、体を震わせて笑顔を浮かべてる。特段喜んでたんで、しばらく動かなかったらしい。


 「お、気に入ったみたいだ!」


 「ふふふ、喜んでもらえて花も嬉しいです」


 「弥吉、花、ありがとう!ワタシはこれから、珠として生きる!」


 こうして、アイツは珠となった。こん時から、俺と花と珠は3人でよくつるむ仲になって、かけがえのない親友となっていった。春にゃ暖かい日差しに三人で昼寝して、夏には蝉の鳴き声と木漏れ日を背に受けながら山を走り回り、秋には枯れ葉の踏む音を楽しんで、冬にゃ皆んなで雪に喜んで身体中を雪まみれにして遊んだもんだった。


 こうしてお前の母さんと俺、そして珠は出会い、絆を深めていったんだ。

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