狐の嫁入り

遠藤世作

第1話

 おお、陽吉か。久しぶりだな。吹雪の中よくきた。まあ、上がれ上がれ。


 そうそう、戸も襖もちゃんと閉めておくれ。年老いた俺の身体にゃ、この寒さは堪えるんだ。


 …よしそれでいい。それにしても本当に久しいな、え?陽吉。お前は俺の一人息子なんだから、もっと顔を出してくれてもいいだろうに。


 ん?どうして再婚したんだって?…そうか、お前にゃまだ話してなかったな。と言ってもお前と早くに別れちまって一度も俺んとこにこねえから、説明する暇がなかったんだよ。


 …確かに、お前にとっちゃあアレが花の──母さんの仇みたいなもんだろうし、気になるのも当然だよな。


 ゴホッ、うん、どうも俺は先が短いらしい。死んじまってから話すのはできねえから、今のうちに話しておくよ。何で俺がアレとくっついたのか。ちょいと長い話になるが、ちゃんと聞いておくれよ。


 ──ありゃあ、俺がまだ小さかった頃だ。…なんで小さい頃から話さなきゃなんねえかってえと、そこから因縁が続いてっからさ。


 あん時は俺もハナタレ坊主でよ。うちは村の農家で、家の周りは田んぼが広がってたんだ。自然が豊かな場所でよう。近くにゃ山や川があって、タヌキやらキツネやら、イノシシやらクマやらがうろついてんのをよく見たもんだ。


 そんでよ、子供の俺は農作を手伝う時もあれば、遊ぶ時は思い切り遊んでたのさ。で、ある日近所のヤツらとかけっこしてたら、いつの間にか裏山に入っちまってた。どうも無我夢中で走ってて気づかなかったらしい。


 さっきも言ったが、ここらにゃ獣が多く居るんだ。だから大人たちからは口酸っぱく「山に入るな」って言われてたんだよ。


 俺は「しまった!あとで怒られちまう!」って思った。獣に襲われる危険なんて考えずにな。知らなかったんだよ、野生の恐ろしさってもんを。ただ大人に怒られるのが怖くって、半べそかきながら降りようとした。


 が、どうも方向が分からない。走ってきた所に戻りゃいいんだが、一度止まって周りを見渡しちまったせいで、自分がどこ向いてたのかわかんなくなっちまって、どう動いたらいいか分かんなくなったんだな。そしたらさっきまで怒られちまうから会いたくねえって思ってた母ちゃんや父ちゃんに、今度は二度と会えねえんじゃねえかって不安に駆られて、大泣きしてその場に立ちすくんじまった。


 で、何にも出来なくってわんわん泣いてるうちに日はどんどん暮れてって、もう俺はここで死んじまうんだって大袈裟に考えちまって、また泣きそうになった時、どこからか声がしたんだ。


 「どうしたの?」


 …優しい声だった。涙に霞む目をこすって声の方向を見るとよ、俺より歳がちょっと上の女の子が立っていたんだ。


 「人が居る!」俺の心はそれだけでどれほど救われたか。泣きじゃくりながら必死に、村から山に入っちまった、帰る方向が分からねえってその子に伝えた。するとその子は、


 「こっちだよ」


 って道を案内してくれたんだ。まるで山道を知り尽くしてるみてえに。俺は手を引かれるがままに着いてった。そん時日は完全に暮れちまってたんだが、不思議なことに手を引く彼女の身体がぼんやりと光っていて、その光に安心したことを今でも覚えてる。


 少し歩くと、見覚えのある田んぼが見えてきた。俺の家の方が明るくなってて、大人たちが篝火やら松明やらを焚いて俺を探してるのがわかった。


 「母ちゃん!父ちゃん!」


 火の灯りが、俺にとっちゃ希望そのものに見えて、走って行こうとした。けどその前に、ここまで案内してくれた女の子にお礼を言わなきゃいけねえと振り向いて、


 「ありがとう!」


 って手を振って叫んだんだ。そしたら向こうも


 「山は危ないから気をつけてね、またね」


 と、手を振って返してくれたんだ。だが何かおかしい。どこがおかしいって、彼女の薄く光るその背中から、黄金色の尻尾が覗いていたんだよ。


 幼い俺は「あぁ、あの子は狐なんだな。きっと泣いてる俺を怖がらせないために化けて案内してくれたんだ」と妙に納得して、


 「またね、きつねさん!今度、あぶらあげ持ってくるよ!」


 と返した。彼女はびっくりした後に、自分の尻尾が出てることに気づいて顔を赤らめていたけれど、その姿は何とも可愛らしかったさ。


 そうして別れたあと、俺はここだよと叫んで走っていくと、母ちゃんは涙ながらに走ってきた俺を抱き止めてくれて、父ちゃんは俺にゲンコツを喰らわせて叱りつけた後に、優しく頭を撫でてくれたっけな。


 それからどうやって帰ってきたかと聞かれたから、「おきつねさんが、道を案内してくれた」って正直に伝えた。周りの大人達は首を傾げていたけれど、母ちゃんだけは微笑んで「じゃあ明日、おいなりさんを作ってあげなくちゃ」と言ってくれたんだ。


 それで次の日、俺は母ちゃんが作ったいなり寿司を裏山の麓に持ってった。そして近くの岩に座って待ってると、昨日のあの子がやってきて、岩の上で二人仲良くいなりを食べたんだ。そん時から、俺とアイツは友達になったんだよ。


 ──っと、湯が沸いたみてえだな。続きは茶を飲んでからにしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る