家に帰る前にボクシングジムに寄った。

 一日に一回はここで体動かさないと気が済まないんだよね。

 小さいころからの習慣っていうのはほんと面倒だよ。


 Tシャツに着替えてシャドーボクシングを始める。

 自分の拳が空気を切る感覚。その音。


 しばらくすると、久々にのことを思い出してきた。






 小さいころの俺は、由乃とそのお兄さんの利樹としき――トシ兄って俺は呼んでる――と一緒に、毎日遊んでいた。キャッチボールをしたり、虫取りをしたり、ゲームをしたり。

 トシ兄はやたらなんでも器用にこなす人で、俺と由乃はそんなちょっと年上のお兄さんの背中を必死で追いかけながら過ごしてたんだ。

 だから由乃が、トシ兄が大好きだった『戦士シリーズ』を好きになるのは当然のこと。

 それに、由乃だけじゃなくて俺まで影響受けちゃってるんだよね、トシ兄に。

 昔、三人で”戦士ごっこ”を毎日していたときがあったんだけど、そのとき俺、毎回悪役にさせられてたんだよね。

 その理由がなんでか尋ねたことがあるんだけど――


「だってショウ、俺に勝てないでしょ? 正義のヒーローは絶対勝つんだからショウには無理無理」


 ――だってさ。まったく、今思えばまったく大人げなさすぎだよね。

 でも当時の俺はそれを真に受けて、強くなるためにボクシングを始めたってわけ。

 強くなってトシ兄に勝つため、にね。


 やがて三人とも少しずつ成長して、さすがに”戦士ごっこ”とか虫取りとかはしなくなったけど、それでも俺は、トシ兄に追いつこうと思い続けてるんだ。

 それはたぶん、由乃も同じで。

 だからこそ部員が三人しかいない腐ったような部活でも必死で守ろうとしてるんじゃないかな。

 トシ兄が高校卒業間近につくってくれた、俺たちの夢と絆の結晶を。

 なんて。俺も臭いこと言うようになったね。それもこれも、由乃に日々毒されてるからに違いない。

 かと言って、俺は由乃のそばを離れる気はないんだけど。


「ショウ……ユノのこと、頼んだよ」


 大学進学を機にトシ兄が上京するとき、そう言われちゃったから。

 俺はそれに頷いた身として、由乃のことは守らないと。




「ショウー」


 誰かに呼びかけられて、我に返る。


「……ユノちゃん」

「もう、先帰るなんてひどいじゃん」

「だって遅くなりそうだったし」


 由乃は不機嫌そうな顔をしながら俺にペットボトルを差し出してくる。


「はい、いつもの」

「お、気が利くね。今度返すよ」


 俺は差し出された三ツ矢サイダーのペットボトルを受け取った。

 三ツ矢サイダーは俺が一番好きな飲み物で、トレーニング終わりとかに飲むんだよね。

 けっこうな確率で由乃が差し入れしてくれる。




「ほんっと、どこ行ってんの……」


 三ツ矢サイダーを一口飲んだ後、もう五年間連絡がつかないトシ兄へと呟いた。





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