8-8 様式

 部屋の中心に立つその女を絶好の獲物と見なした怪物が、新たな腕を補充すべく飛びついた。

 女は、動かない。

 ただ、そこに立っている。

 怪物が腕を引こうとしても、肉に指を食い込ませようとしても、女は何も変わらずそこに立っている。

 不意に、女は白い指をすうっと動かし、怪物の仏像めいた顔に手のひらを当てた。

 それ見てハヌマンが呻く。

 来る。

 あれが、来る。

 次の瞬間には、怪物は頭部を失っていた。

 骨のような断片が乾いた音を立てて床に散らばる。

 握り潰したのだ。

 ハヌマンの顔を破壊した時と同じように。

 あれこそが、ダリアが最も好む蹂躙の様式である。


 床の上で痙攣する首なしの残骸に、ダリアは見向きもしない。

 代わりに、頭上からこちらを静観している少年を見上げ、言った。

「降りてこい」

「…………」

 リウは空中で片膝立ちのまま彼女を見下ろしている。

 少年の顔は仮面で隠され、冷たく露出した口元からは感情を読み取ることができない。

 一瞬、リウの左手が素早く動いた。

 ダリアの顔に当たったのは、数本の針。

 即効性の神経毒だ。

 その時既にリウは彼女の背後に回り込んでいる。

 手刀。

 常人の首をたやすく刎ねるその一撃が、鈍い音を響かせた。

 だが折れたのは首ではなく、手刀のほうだった。

 素早く退いたリウは、骨の露出した己の右腕を無言で眺めている。

「傀儡女は死にましたよ」

 振り返ったダリアは、変わらず薄ら笑いを浮かべていた。

 毒針が効いていない、否、彼女の皮膚に刺さってすらいないことをハヌマンは知っている。

 そういう存在なのだ、この女は。

 リウが一気に接近する。

 ダリアは正面からそれを見ている。

 リウの折れた右腕から赤い飛沫が飛ぶ。

 ダリアの両目に血が付着する。

 リウが跳躍する。

 ダリアは瞬きもせず立っている。

 リウが左手に握った矢を頭上めがけて突き立てる。

 それは普通の矢ではなく――。


 起爆。

 爆風と共にリウは弧を描くように宙を舞い、着地した。

 視線の先には、黒煙。

 その中心に立つ、人影。

 やがて、見えてくる。

 極めて非生物的な、銀色に輝く皮膚が。

 全身を硬化、あるいは金属化させる能力。

 それこそ、彼女が銀血のダリアと呼ばれる所以であった。


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