8-5 不条理

 天井から金色の少年が舞い降りた。


 物体をすり抜けるその力は、神通力と呼ばれる現象の一つである。

 着地と同時に振り下ろされた手刀は、怪物の腕一本を斬り落としている。

 拘束から脱したヒシヌマは倒れ込むように前方に転がりながら拳銃を拾い上げ、膝立ちに後ろを向く。

 だが、怪物は既に逃走を始めていた。

 少年がそれを追う。

 銃口の先には、怪物の赤い足跡と、一本の腕が残っていた。

 見覚えのある袖だ。

 血で濡れてはいるが、すぐにわかった。

 それは警察官の制服だ。


 押収品管理室のドアは開いていた。

 床には血の足跡。

 ズキズキと痛む肩を押さえながらヒシヌマが呻く。

 室内には、二人の警官が死んでいた。

 死体には、両腕が無い。

 二人とも、根元から千切られていた。

 あの怪物が、奪ったのか。

 奪って、くっつけたというのか。

 まるで粘土細工のように。


 ヒシヌマは思い出していた。

 それは犯罪者に対する義憤ではない。

 もっと純粋な、怒りだ。

 秩序を歪める者が許せないのだ。

 不条理が許せないのだ。

 だから――。

「状況を説明しろ」

 その男は後ろに立っていた。

 聞き覚えのある声だ。

 振り向かずともわかる。

 図体が大きすぎて部屋に入ることもできない馬鹿野郎だ。

「頼まれなくても聞かせてやる」

 ヒシヌマは己のちっぽけな怒りを、ハヌマンに託した。

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