8-4 仏像

 初老の男性警官が、くたびれた様子で夜の廊下を歩いている。

 名前はヒシヌマ。

 表向きは地域課の万年巡査長ということになっているが、実際の役目は超能力者と警察の橋渡しである。

 超能力部などという馬鹿げた部署を新設するわけにもいかず、たった一人の交渉者を通じて連中を捜査に活用しようというのだから、言葉もない。

 いや、承諾する方もする方か。

 ヒシヌマは自嘲する。

 警察官になった以上は殉職もとうに覚悟していたつもりだが、実際にこうした役を演じてみるとよくわかる。

 それは、自分がいつ、どんな変死体に成り果ててもおかしくないという事実だ。

 それもきっと、揉み消されるのだろう。

 独身で気難しくて出世欲の無い男にはぴったりの仕事だ。

「なんで引き受けちまったかなあ」

 ヒシヌマは今日も自問する。

 その答えは未だに出ない。


 ひた、ひた。

 不意に、耳慣れぬ音が聞こえてきた。

 ひた、ひた。

 水気を含んだ音だ。

 足音だろうか。

 廊下の突き当りを曲がった先、押収品保管室のある通路からだ。

 ひた、ひた。

 靴音ではない。

 ひた。

 音が止まった。

 嫌な、予感がする。

 ヒシヌマは振り向きざまに拳銃を構えた。

 誰もいない。

 前に向き直ろうとした時だった。

 腕を掴まれた。

 凄まじい握力に捻り上げられて拳銃を落とす。

 背後から伸びた手が、もう一方の腕を掴む。

 ヒシヌマの肩が、肘が、手首が、ミチミチと嫌な音を上げた。

 今にも両腕がちぎられそうな力で、左右に引っ張られていた。

 激痛に耐えながら、窓を見る。

 そこには、血塗れた仏像のような――四本腕の怪物が映っていた。


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