8-3 黒装束

 救急車の音が遠ざかっていく。

 工場のあった場所にはまだ無数の死体がそのまま残されている。

 暗闇に浮かび上がる燻りは、火薬を使った跡だろうか。

 その凄惨な光景を背に、ハヌマンは異形の残骸に腰を下ろした。


 邪教の申し子リウ。

 組織きっての実力者が自ら動いているようだが、ラカが直接襲撃されたことを考えるに状況は思わしくないらしい。

 むしろ彼らが異形の成長を妨害したことで、余計な被害が広まっているとも考えられる。

 これが単なる裏組織の潰し合いであれば関与する義理は無いが、市民から犠牲者が出ることだけは避けなければならない。

 ハヌマンは与えられた情報を整理する。

 異形を構成する物は二つ。

 特殊な石を砕いた粉末と、そのコアとなる素体。

 素体は粉末を肉として吸収し、やがては復讐を果たすべくラカへと至る。

 国内に持ち込まれた数は不明。

 だが、あれだけの巨体をいくつも量産できるとは考えにくい。

 今回の事件そのものが表沙汰になっていないことも考慮すれば、楽観的に見てあと一体か二体だろう。

 密輸の取り締まりは既に強化してある。

 これ以上の増援は無い、と信じたいところだ。

 問題は、相手がラカを熟知している可能性が高いということ。

 もしそうなら、標的が襲撃を予測しているという事実を予測した上で、さらなる手を用意していると考えるべきだ。

 さて、どうするか。


 足音。

「ハヌマンですね?」

 坊主頭の男が近づいてきた。

 邪教会の部下だろう。

 スキンヘッドに黒装束という組織特有の出で立ちですぐにわかる。

「そうだ」

 ハヌマンが短く返す。

「今回の件を決着させます」

「どうするつもりだ」

「それは申し上げられません。あなたに釘を刺すように言われていますので」

 坊主は平然と言った。

「……場所はどこだ」

「ですから、お答えできません」

「それならお前と話すことはもう無い」

 ハヌマンは立ち上がり、坊主の横を無造作に通り過ぎる。

 さっきまでこの場所に誰かがいたことは確かだ。

 匂いを辿ればその者を追うことはできるし、どこかで異変があれば音で察知することもできる。

 場所を伝えられないというなら、自分がどこに辿り着こうが文句を言われる筋合いも無い。

「…………あなたも理解しているとは思いますが、ラカは他人を利用する天才です」

 坊主は背後からそう言った。

「それをわかった上でまだこの件に関わろうとするならば、それもまた彼の予知なのでしょう」

「…………」

 ハヌマンは歩みを止めない。

 坊主の嫌らしい含み笑いが、耳に届いた。

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