第7話
7-1 扇子
庭園。
敷かれた白砂の上に、岩がいくつか置かれている。
ウォルフは、廊下に立ってその庭を見下ろしていた。
横で、坊主頭の老人があぐらをかいている。
「あのさ、そろそろ本題に入りたいんだけど」
ウォルフはため息を漏らすように口を開いた。
老人の名はラカ。
非合法組織である邪教会のトップにして超能力者。
と、言われている。
「本題と言われてもなあ」
ラカは首を傾げる。
「私は今日という日を庭を眺めて過ごすつもりだったのだから、心ゆくまで庭について語り合おうというのならまだわかるが、勝手に押しかけてきた客が私の都合すら無視して自分の要件をあたかも――」
「わかった、わかったから」
ウォルフが必死に言葉を遮る。
また、ため息が出た。
ギイ。
不意に廊下が鳴った。
「苦戦しているようだな」
振り向くと、そこには大男がいた。
「あたしは止めたんですけど、この大きい人が言う事聞かないので」
足元には少女もいる。
「愚人ハヌマンか。そっちの娘さんは福祉課の新入りだね」
老人は庭を眺めたままそう言った。
「流石だな。それも未来予知なのか」
ハヌマンは驚く素振りを見せない。
「未来がわかるんですか?」
ヒズミは目を見開いている。
「予知なんて誰でもできるよ。例えばここに、閉じた扇子がある」
言いながらラカは懐から扇子を取り出して見せた。
「これをこう持って、手を離したらどうなると思う」
「落ちる?」
ヒズミはいつの間にか老人のすぐ側に寄っている。
「そうだ。物を手放すと落下するということを我々は経験によって知っている。物理学なんかを修めている者であればその事象を理屈で説明することもできるだろうが、多くの人間はそういったプロセスには興味を持たないものだ。だからこそ、扇子は下に落ちるだろうという予測とその結果のみに興味が集まり、言い当てた者を予言者として敬うようなる」
「詭弁だね。くだらない」
ウォルフが口を挟む。
「大衆の心理なんてそんなものだ。予測の対象が扇子でなく、例えば地震や噴火、疫病となれば、言い当てた私は救世主として扱われ、崇拝の対象にもなり得る」
「当てたんですか」
ヒズミはまだ目を輝かせている。
「私は地質学者でも気象学者でもないし、ましてや衆愚を導く気も無いよ。代わりに君が社会を救うといい」
そう言ってラカは扇子をすぐ側に放った。
「口先だけで世渡りをしてきたのか?」
ハヌマンも苛立ちを見せ始める。
「それは、答えようがない質問だな」
ラカが平然と返す。
「未来予知だか知らないけど、あんたは自分の話が長ったるくてつまらないという事実を今まで知らなかったみたいだね」
ウォルフが言った。
それを聞いたラカは深く頷き、やがて、耐えかねたように大きな笑い声を上げた。
「知っているさ。知っているとも」
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