6-4 エプロン
ハヌマンは自惚れていた。
自分こそが世界で最も優れた人間だと信じていた。
この星の王になるべき存在だと確信していた。
そして、それが幻想であることを知った。
夜道。
ハヌマンは白い女の背中を眺めている。
歩きながら、自問する。
俺は、何をしているのか。
先を行く女が、口を開く。
「風が出てきましたね」
「…………」
ハヌマンにはこの女が――ダリアがわからない。
かつて己の野望を打ち砕いた人間が、今は警察の下で犯罪者を嗅ぎ回る日々を送っている。
フェイサーなどと。
くだらない。
ハヌマンはそう思う。
やがて裏路地を抜けて大通りに出た。
暗さに慣れきった目に、辺り一面の光源が刺さる。
ギラギラと光る建造物の下で、人混みが泥のように流れていく。
ハヌマンの巨体が何度も通行人とぶつかるが、わざわざこの男を呼び止めようという人間はいない。
一方のダリアはスイスイと先を進んでいく。
ハヌマンも彼女を見失わないよう肩を狭めながら強引に歩く。
遅れればまた何を言われるかわからないからだ。
不意に、ハヌマンはあることに気がついた。
臭いだ。
「ダリア」
「嗅ぎつけましたか」
ダリアが立ち止まった。
「間違いない。あいつだろう」
二人の視線の先にいるのは、移動販売車の前に立つ一人の男。
「儲かっていますか」
ダリアは近づきざまに声をかけた。
「販売許可ならちゃんと取ってますよ」
エプロン姿の男は怪訝な顔をしている。
まともな客ではないことを一瞬で感じ取ったのだろう。
その間にハヌマンは陳列された品を物色する。
冷蔵された軽食や惣菜が、ガラス越しに並んでいるのがわかる。
いわゆるキッチンカーではなく、出来合いのものをその場で加熱するタイプだ。
一見、怪しい点は見当たらない。
「売っているものはこれで全部か」
ハヌマンが問う。
「全部ですよ」
男は即答する。
「俺はお前が特別な品を扱っていることを知っている、と言ったらどうする」
ハヌマンがそう言うと、男は厄介な二人の客を何度も見比べた後に、露骨な溜息を吐いて見せた。
「何グラムですか。正規の客じゃない人に売ったってバレたら僕がヤバいんですから、他言無用で、それからもう来ないでくださいよ」
男は大胆にもエプロンのポケットから小袋を取り出した。
大麻である。
「正規の客とは」
ダリアが口を開く。
「教えるわけないでしょう、そんなの――」
鈍い音が響いた。
男の顔面は車のサイドガラスに叩きつけられていた。
「今のは質問ではなく尋問です。弁えるがいい」
相手の後頭部を鷲掴みにしたままダリアは言った。
ヒビの入ったガラスに、一筋の血が流れていた。
全く。
いつもこうだ。
女の薄ら笑いを呆然と眺めながら別の誰かの悲鳴を聞くのが、ハヌマンにとっての日常であった。
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