6-2 破格

 壁に並ぶ鹿の剥製。

 北欧風の赤い絨毯を囲む革張りのソファ。

 広い部屋を見渡すように置かれたアンティーク調の高級デスクの真上には、一際大きなヘラジカの頭部が威厳を湛えている。

「お前……どこの……」

 部屋の片隅で、苦しげな声が漏れた。

 黒いスーツ姿の男が、壁に吊るされている。

 男の襟を掴み上げているのはハヌマン。

「環境課だ」

 大男の口元を覆った金属が、まるでスピーカーのように振動して声を響かせた。

「へっ……犬に飼われた狂人が……」

 喉元を押し込まれながらも、男は精一杯の嘲笑を浮かべている。

「お前達には麻薬密輸の容疑がかかっている」

「わざわざそんなことを……確かめに来たのか」

 組織的に違法薬物を扱っている人間が、ガサ入れの対策をしていないわけがない。

 ましてや単独で建物内を調べたところで、得られるものは限りなくゼロに近いだろう。

「なぜ今なんだ」

 ハヌマンが問うた。

「なに?」

 スーツの男は目を細める。

「俺は警察の点数稼ぎにも、お前達の処遇にも興味は無い。満足のいく回答があれば見逃してやらないでもないということだ」

 大男は平坦な口調でそう言いながら、掴んでいた相手の襟を離す。

 ハヌマンの足元で、マフィアの幹部が咳き込みながら崩れ落ちた。


「……ヤクを仕入れる理由なんて一つしか無いだろ。売るためだよ」

「俺が聞いているのは動機じゃない。この時期を選んだ理由だ」

「商談が成立したからだ。良いブツが良い値段で売ってたら、いつだって買うさ」

 幹部は座り込んだままタバコに火をつけた。

 観念したのか、もしくは腹が据わっているのか。

「破格だったのか?」

「別に珍しいことじゃない。小麦粉と違って安定した供給があるわけじゃないし、輸送のリスクとコストもピンキリだからな」

「全国で同様の密輸が同時多発的に行われているのは知っているか」

「それは知らん。ブツが大量に余ってたんだろ」

「押収された薬物はヘロイン、コカインから簡素なハーブに至るまで様々だ」

「それは妙だなァ。チンケな窃盗団が倉庫でも襲撃したか……いや、そんな連中が大量輸出の手配なんてできねえし、専門業者に横流ししたなら価格破壊は起きんだろう」

 幹部は首を傾げている。

「お前はどこから買ったんだ」

「いろいろだよ。詳しくは答えられん」

 幹部は煙を吐きながら咳き込んだ。

「そうか。邪魔したな」

 言いながらハヌマンはドアに向かって歩き出す。

 そして部屋を出る直前、幹部を振り向いて付け加えた。

「タバコは今日でやめておけ。心音の乱れ具合から察するに恐らく重度の心疾患だろう。そろそろ死ぬぞ」

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