5-6 友達
運動場。
鉄の壁が古代モニュメントのように乱立するその中心で、一人の少年が仰向けに眠っている。
「生きてるよね?」
セツナがデルタの顔を覗き込む。
少年の周囲には、シキによって破壊されたヘッドホンの残骸が散らばっていた。
「呼吸はしてる」
壁の上に座ったまま、シキが言った。
その手には拳銃が握られており、銃口はデルタに向かっている。
間もなくして、足音が聞こえてきた。
「終わりましたか」
シスターである。
後ろに続くのはリン。
「こっちが聞きたいよ」
シキはデルタから視線を外さない。
「今はウォルフが足止めしてるが、あんまり悠長にやってる時間は無いぞ」
リンは自前の銃を携えている。
「こちらにはプリーストもいます。確実に終わらせましょう」
シスターは真剣な口調でそう言いながら、壁の間を通り抜けてデルタに歩み寄った。
「敵は音でデルタを操ってたんじゃないかって……」
セツナが言った。
「……ありえない話ではないでしょうね。武器に関しても、バックアップ無しでここまで調達できるとは思えません」
シスターは壊れたヘッドホンを拾い上げる。
「糸の先には防衛省、か」
シキが呟く。
「ありゃ正規の武装じゃないな。サツの特殊部隊でもないし」
いつの間にか、ウォルフがシキの隣にしゃがんでいる。
「……どう?」
セツナはしゃがみこんでデルタを眺めている。
「やはり記憶はリセットされていました。一連の行動は外部からの干渉によるもの、と考えていいでしょう」
シスターは膝をついてデルタの額に手をかざしている。
一度リセットされた後、再び組織に利用されるようになったということなのだろうか。
セツナも、シキと出会わなければこうなっていたのかもしれない。
「……私を恨んでますか?」
「え」
シスターの唐突な問いに、セツナは目を丸くした。
ブラックアウトという人格が消えて、セツナが生まれた。
もし今の自分が人として欠けた存在ならば、記憶を奪ったこの修道女を恨むことは当然だろう。
ヒズミにしても同じだ。
本来の自己がどれだけ歪んでいたとしても、それを見ず知らずの他人が勝手に矯正するなど許されることではない。
いや、違う。
そうではない。
私は研究所に飼われた被検体だったという。
酷い扱いを受けていたという。
だとすれば、ブラックアウトもまた他人によって無理やり歪められた人格に他ならない。
そうか。
そういうことか。
私という人間は最初からどこにも――。
「また悩んでる?」
シキが、セツナの前に立っていた。
「私は……」
セツナは答えない。
「いつも考え事してるよね。話しかけても上の空で」
「…………」
「でも、良いところもたくさん知ってるよ」
シキは手を差し出す。
「優しいところとか、繊細なところとか、それから……」
「……それから?」
セツナが少しだけ顔を上げる。
「僕の友達になってくれたこと」
シキはそう言って、照れくさそうに笑った。
「……もし私が消えたら、シキは悲しむ?」
「そりゃ悲しいよ」
「今の私が本当の私じゃなくても?」
「そう。君が本当の君じゃなくても」
「そっか」
いつの間にか、セツナはシキの手を取っていた。
立ち上がって、向かい合っていた。
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