4-6 カオス

 教会の内部は銃撃によってことごとく破壊されていた。

 壁やステンドグラスに空いた無数の穴からは日光が入り込み、埃や塵が舞う空間を細々と照らしている。

「お前とは二度目だな」

 リンは言った後、俺の記憶がまともだったらの話だが、と付け加えた。

 見下ろす視線の先にいるのは、修道服に身を包む一人の女。

「警戒されていますね」

 ベンチに腰掛けたまま、シスターは笑みを浮かべている。

「アドバイスが無ければアレに対処するのは無理だった。不本意だけどここは信じよう」

 壁に寄り掛かるのは、ボロボロになった己の刀身を眺めるシキ。

「最初は彼女がセツナを狙って動いているんだと思ってたんだ。まあ、ちょっとした行き違いがあったということで」

 そう言ってシキは報告を始めた。

 シスターに接触するために独断で行動したこと。

 彼女を襲撃し、それに失敗したこと。

 そして、シスター本人から聞かされた一連のストーリーを。


 政府主導のもと、極秘で開始された超能力研究プロジェクト。

 研究の規模は決して大きなものではなかったが、元から研究の意義に懐疑的であった関係者らの予想に反して、プロジェクトは一定の成果を上げ続けた。

 その研究成果に着目したのが、防衛省のとある幹部だった。

 超能力者の存在、並びにその脅威を危険視した男は、超能力研究を独自に発展させていくことになる。

 軍隊では対処できない個の暴力を制圧するための強力な超能力者を生み出すという目的のもと、新たな計画が立ち上げられたのだ。

 児童を用いたその非人道的な人体実験は、長い間難航したとされている。

 そして、三人の成功例が生き残った。


「間もなくして研究所は原因不明の出火により全焼。真相もそのまま闇の中……というわけにはいかなかったと」

 シキはベンチで眠るセツナをちらりと見た。

「一応聞いておく。研究所を襲撃した目的は何だ」

 リンが問う。

「子供を道具のように利用する大人が気に入らなかっただけですよ。私にとっても、弟にとっても」

 シスターはどこか照れた様子だった。

「プリーストか……まあいい。それで?」

「子供たちの人格は破綻寸前でした。今となれば他にもっと良い方法があったのかも知れないと思うこともありますが、苦痛で満たされた心のカオスに触れた時、私は精神をリセットすることしか考えつかなかった」

 シスターの声色が徐々に重みを増していく。

「セツナさんとヒズミについてはお察しの通りです。でも、デルタは違った。外部から何か別の作用が働いているのか、あるいは最初から――」

「もういいよ、シスター」

 シキが言葉を遮った。

「後は僕の方でなんとかする。上から降ってきた仕事でも無いんだし」

 欠けた刃を鞘に納める。

「ガキが偉そうに……」

 リンは小馬鹿にした口調で呟いた。


 セツナは仰向けのまま、話し声を聞いていた。

 隣のベンチではあの少女が寝息を立てている。

 起き上がる気にもなれず、このままもう一度眠ってしまおうとも思ったが、それもできずにいた。

 私は私でいられるのか。

 いや、私は既に私ではないのかもしれない。

 本来の私から逸脱した、異質な何か。

 これでは夢を見ているのと何も変わらない。

 見える景色も、聞こえる音も、全て無意味だ。

 喉を押し潰すようなこの不安さえ、かりそめの物でしかないのだろう。

 セツナは仰向けのまま、己の手を、しばらく眺めていた。

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