4-5 苦痛

「あたしのこと知ってるんですか?」

 ヒズミは問うた。

 着ているものが赤黒く染まっているが、既に出血は無い。

 銃声。

 ヒズミが慌てて銃弾を避ける。

 そこにデルタが接近する。

 構えているのはサーベル。

 首を斬り落とそうとしているのだ。

 迫る刀身を、首元の寸前で別の刃が受け止める。

 ヒズミは己の左腕から生えた鉤爪に困惑しながらも、全身を回転させてサーベルを受け流した。

 その勢いのまま相手の腕を掴み、両足を絡ませる。

 三角絞めの形である。

 右腕を取られたデルタは、左手に引き寄せたサバイバルナイフでヒズミの脚を突き刺す。

 何度も突き刺す。

 呻きながらもヒズミは拘束を強めていく。

「スキュラ。お前を排除する」

 デルタの声に混じって、駆動音のようなものが聞こえてきた。

 彼がナイフを捨てて取り寄せたのは、電動鋸である。

 振動する鋸刃が太腿に触れた瞬間、血しぶきが舞い、少女の悲鳴が響き渡った。


 不意に、デルタの背後から黒い風が吹いた。

 シキは高速で突進しつつ、刀の切っ先を敵の背中に突き立てる。

 だが、刀はデルタの背中に到達する前に鉄の板に阻まれた。

 アポート能力による自動防御である。

「不死身なら放っておこうかとも思ったけど……ッ」

 言いながら、シキは踏みつけるような動作で鉄板を蹴る。

 押し込まれた鉄板はデルタの頭部を打ち、僅かに動作を鈍らせた。

 それとほぼ同時に、一台の自動車が荒々しく横滑りしながら停車した。

「悪い、準備に手間取った」

 リンは運転席の窓から顔を出しながら、何かをシキめがけて放り投げる。

「遅いよ」

 シキは受け取ったガスマスクを素早く装着する。

「お前の連絡が遅いんだよ」

 この時、リンはマスクと合わせて別の物を投擲していた。

 催涙弾である。

 拳ほどの大きさの物体は、白煙を勢いよく吹き出しながら地面を転がり、周囲を苦痛で包んでいく。

 膝をつくデルタの手元にガスマスクが現れる。

 だがシキがそれを素早く蹴り落とす。

「本当に便利な能力だね」

「全くだ。それで、この後は?」

 いつの間にか、リンもガスマスクを付けてデルタを見下ろしていた。

「ここは逃がす。事情は後で」

 シキは言った。

 やがてデルタはふらふらと立ち上がり、煙の向こうへと消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る