4-2 ペンダント

 目の前に小さな教会がある。

 緑化運動の対象地区に指定されたことで辺り一帯の人工物はすべて草木に置き換えられた場所で、この建物だけが今もぽつんと残っていた。

 その理由は不明だが、教会の外面が植物に侵食されつつある様子を見ると、誰かが管理し続けているわけではなく単に壊し損ねたのだろうとも思える。

「まだ。これから入るところ」

 セツナは言った。

 他に人は居ない。

『そりゃ結構。新入りが慎重になりすぎるってことはないからな』

 リンの声が耳元で響く。

 ピアス型の通話用端末である。

 セツナは周囲に最低限の注意を払いながら、教会の入り口まで歩み寄った。

『気をつけろよ。そこが当たりなら――』

「わかってる。何かあったらすぐ逃げろ、でしょ」

 応えながらセツナは足元に視線を落とす。

 大きな扉の可動域だけ落ち葉が払われている。

 少なくとも最近まで、誰かが出入りしていたということだ。

 教会の窓はすべてステンドグラスで、内部を覗くことはできない。

 セツナは小さく息を吐いてから、扉に両手を押し当て、ゆっくりと開いた。


 薄暗い空間。

 鮮やかなステンドグラス。

 やけに高い天井。

 絨毯の敷かれた通路。

 そして。

「あ、誰か来た」

 ベンチに座った少女が一人、こちらを振り向いていた。

 クセのある茶髪を後ろで束ねたその少女は、たった一人の来客のもとに駆け寄ると、相手を観察するようにその周囲をぐるぐると回り始めた。

「えっと」

 立ち尽くすセツナ。

「お祈りに来たんですか?」

 少女はセツナの背後から顔を覗き込むようにして言った。

「人を探してるんだけど……あなたはここの人?」

 セツナが問い返す。

「うーん、たぶんそう」

「多分?」

「さっきまでアレの中で寝てたんだけど、何も覚えてないというか……」

 通路の奥――少女が指差す先には、蓋の開いた棺桶が一つ。

 

 セツナは建物内を調べ始める。

 面白そうだからと言ってセツナの後を付いて回っていた少女は、いつの間にかベンチの上でまどろんでいた。

『どうだ?』

 リンからの通信。

「まだ」

 セツナは素っ気なく返しながら、中央の通路に目を落とす。

 コンタクトレンズのスキャン機能で浮かび上がったのは、二人分の足跡。

 一つはここにいる少女のものだが、もう一つは大人のサイズだ。

 詳細は不明。

 シキの痕跡ではない。

 記憶が欠落した少女を誰かがここに運んだのか。 

 セツナは祭壇の前に置かれた木製の箱に近寄る。

 少女が寝ていたという棺桶だ。

 大人が入れそうにないほどの小さな棺桶には、革製のベルトが取り付けられている。

 背負って持ち運ぶためのものだろうか。

 ベルトは棺桶を横向きに一周するような形になっているため、蓋を開ける際には上に持ち上げるのではなく、横にずらすようにしなければならないことがわかる。

 つまり、内側にいる者が自力で開けるのは難しいだろう。

 少女が目覚めた際に誰も居なかったならば、ここに運んだ者が予め蓋を開けてそのまま立ち去ったことになる。

 セツナは箱の中を覗き込み、そこから何か光るものを拾い上げた。

 銀貨に穴を開けて吊るしたような、質素なペンダントである。

 表側には十字架の模様が描かれていた。

 裏面を見る。

「ヒ、ズ、ミ?」

 セツナの肩に顎を乗せるようにして、少女はペンダントに乱雑に彫られた文字を読み上げた。

「何か思い出した?」

 セツナが問う。

「もしかしたらあたしの名前かも」

 少女は首を傾げて唸っている。

「悪くないと思う」

「でしょ」


『おい! 今の声は誰だッ』

 リンが唐突に声を荒げた。

 扉越しの銃撃が二人の少女を襲ったのは、その直後のことだった。

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