3-7 雨音

 ホテルの地下駐車場。

 静まり返った灰色の空間に、足音だけが反響する。

 通路と通路が交差する開けた場所で、プリーストは立ち止まった。

「そろそろ顔を見せてくれよ、殺し屋君」

 その言葉に応える者はない。

 代わりに一発の銃弾が音もなく発射され、プリーストに到達する前に大きく逸れて柱を抉った。

「物陰から撃つだけかい」

 プリーストの声だけが響き渡る。

 次の銃撃は無音ではなかった。

 別地点から放たれた無数の弾丸がプリーストに迫り、やはり命中することなくコンクリートを鳴らす。

 彼の周囲を覆う高温の空気が、防壁となって弾道を歪ませているのだ。

 それでも銃撃は続く。

 対象から上に大きく逸れた弾丸は、天井のパイプを破壊した。

 消火設備の水パイプである。


 プリーストの頭上から人工の雨が降り注ぐ。

 雨は高温によって蒸気に変わり、真っ白な霧となって辺りを覆い尽くした。

 刺突。

 霧の中から現れたナイフが、プリーストの首元をかすめる。

「防火服か。考えたもんだ」

 プリーストは刃物を紙一重で躱しながら言った。

 霧の中、黒い断熱素材に身を包んだ男が浮かび上がっては消え、また別の場所から現れてナイフを突き出す。

 福祉課の元殺し屋――ウォルフである。

 ウォルフは対象の死角に潜り込みながら繰り返し急所を狙うが、プリーストはそれらを全て躱し、捌き、防いでいく。

「さあて」

 プリーストが間延びした声を上げると、彼を中心に生じた爆炎が一気に膨れ上がった。

 大きく吹き飛ばされたウォルフは、何度かコンクリートの上を転がりながらも体勢を立て直す。

 目の前で爆弾が炸裂したような衝撃だった。


 静寂。

 地下駐車場にはスプリンクラーの雨音のみが充満している。

 ウォルフは頭部を保護していたマスクを脱ぎ捨てる。

「何故俺を狙う」

 両腕に炎を灯しながらプリーストが歩み寄る。

「あんたが人殺しだからだ」

 ウォルフがナイフを構える。

「なら同類だろう」

 プリーストが言う。

「まずあんたの罪を償ってやるよ」

 ウォルフが返す。

「傲慢だねえ」

「お互い様」

 そしてまた静寂が訪れた。


 パシュン。

 それはガス圧によってナイフの刀身が射出される音だ。

 プリーストは真横に転がってナイフを躱す。

 その一瞬でウォルフが姿を消す。

 ステルスか、あるいは物陰に隠れたか。

 聞こえてきたのは、駆動音だった。

 大型トラックがプリーストの背後に迫る。

 プリーストの右腕がまばゆい程に赤熱する。

 瞬間、一際大きい爆炎が駐車場を埋め尽くし、周囲一帯を揺るがした。

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