3-5 タトゥー

 スイートルームの一室。

 壁一面の窓に広がる夜景は、いびつに隆起したビル群をかたどるように輝いている。

 部屋の内装は白を基調としたシンプルなものだが、それが照明の暖色を浴びることで落ち着いた品格を醸し出していた。


 浴室の戸が開く。

 一人の男が身体も拭かずに出てくる。

 男はソファに掛けてあったタオルを無造作に掴み、窓の前で直立した。

 眺めているのは夜景か、己の裸体か。

「相変わらずですね」

 女の声。

 男がガラス越しに背後を見ると、部屋の入口に修道服の女が立っていた。

「ノックぐらいしてくれ」

「私の部屋ですよ」

 シスターはつまらなそうに笑った。

「尾行されちゃいないだろうな」

 男は窓を睨みつけたままだ。

「されているとしたらあなたの方でしょう。早く服を着てください」

 シスターはしばらくの間、男が身体を拭き終わるのを淡々と眺めていた。 

 やがて、男は床から色褪せたレザーパンツを拾い上げて足を通し、そこでようやくシスターに向き直った。


 男の名はプリースト。

 上半身に何も身につけていないのはここがプライベートな室内だからではなく、これが彼にとっての正装であるからだ。

 胸の中央には炎を模した大きなタトゥーが入れてある。

「棺桶は?」

 シスターが問う。

「いつもの教会に隠した」

 プリーストが答える。

「そうですか」

「……で、ブラックアウトは?」

 今度はプリーストが問う。

「その呼び方はやめましょう」

「わかったよ。それで、どうする?」

 プリーストはソファに腰掛けて煙草を手に取る。

「彼女に関してはしばらく様子見を。それよりも一番厄介なのは――」

「デルタに気をつけろ、だろ」

 煙草を口に加えたまま、プリーストがシスターの言葉を遮る。

「私は戦えないんですから、もしもの時は頼みますよ?」

「わかってる。俺がお前の遺志を継ぐさ」

「私を守れと言ってるんです」

 シスターはむくれている。

「冗談だよ」

 プリーストは二本指を煙草の先端に近づけ、指先から小さな火を灯した。


 次の瞬間、爆発にも似た激しい突風が壁一面の窓を粉々に砕き、無数のガラス片が室内のあらゆる物体を切り裂いた。

 部屋は暗闇に包まれ、破壊された照明から舞い散る火花だけが、窓際に立つ侵入者を刹那的に照らし出す。

 黒い刀を冷たく煌めかせながら、シキは着地姿勢からゆっくりと立ち上がった。

 

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