3-4 盗聴器

 コンクリートに囲まれた、薄暗い灰色の空間。

 室内には布を敷いただけの簡素な寝床が一つあるだけで、およそ住居とは呼べないような場所である。

 小窓から微かに入り込む陽の光が、牢屋のようなその部屋をぼんやりと照らしている。


 不意に、鉄のドアが音もなく開き、そして音もなく閉じた。

 そこに人の姿は無い。

「こりゃ一足遅かったかな」

 無人の空間に、声だけが響く。

 直後、寝床を覗くようにしゃがみこんだまま、ウォルフがその姿を現した。

「便利な体質だよね、それ」

 ドアを軋ませながら、シキが続いて入ってくる。

「仕事用だよ」

 そう言ってウォルフは親指と人差し指で拳銃のジェスチャーを作り、その手首から先を消してみせた。

 自身を透明化させるウォルフの能力は諜報でこそ真価を発揮すると誰もが考えるが、フェイサーとして活動を始めた後も彼が暗殺にこだわり続けるのは、犯罪者を好きなだけ排除できるからというのがその理由らしい。

「その格好、動きづらくないの?」

 シキはウォルフの装備を眺めて言った。

 彼の白い作業服は今やボディアーマーや軍用ポーチで覆われており、その姿はまるで歩兵である。

「あんたが軽装すぎるんだよ。というか、見てないで手伝ってくれない?」

 ウォルフはスーツ姿のシキを振り返ることなく、床に敷かれた布を丹念に調べている。

「しょうがないな。じゃあそっち側を調べてごらん」

 シキは壁に寄りかかったまま視線だけで小窓の方を指した。

「いや自分でやってよ」

「君のほうが近いだろ。ほら早く」

 シキに急かされるまま、ウォルフは小窓へと歩み寄る。

 小窓は人の頭よりもやや高い場所にあり、よほどの長身でなければ外の様子を確認することはできない。

 ウォルフが壁に手を当て、何かを探るように少しずつ動かしていく。

 手は徐々に上の方へと伸びていき、やがて窓の枠へと達した。

「あった」

 ウォルフは指先で枠の窪みにある何かをつまみ取り、豆粒大のそれを陽光に照らすように掲げた。

「モノを隠す時はシンプルかつ大胆にね」

 そう言ってシキはウォルフの手から極小機械を素早く掠め取ると、それをポケットから取り出した小型の解析機に嵌め込んだ。

「盗聴器?」

 ウォルフが問う。

「非通信式だけどね。マフィアと仲良くやってたわけでもないのかな」

 シキは解析機を操作しながら答える。

 やがて、低い男の声がノイズとともにスピーカーから聞こえ始めた。

 盗聴器は人間の声に反応して録音を開始するようになっていたが、性能が悪いせいか、記録はどれも断片的なものであった。


 おたくらの抗争に興味は無いが――――

 今はちょっとした荷物が――――

 あんまり目立つのは――――

 見せしめに建物を――――


 ウォルフが口を開く。

「一週間前、とある高級ホテルが原因不明の火災事故で全焼した。休業中で宿泊客はいなかったが、当時建物内にいた従業員は全員焼死。消火設備の整った現代では考えられない大事故だった」

 声を発する度に、ウォルフの瞳から温度が失われていくようだった。

「抗争相手の所有物件を襲撃? まるでヤクザに身を寄せる剣客だね」

 シキが嫌味っぽく笑う。

「あんたが警察の真似事をするのは勝手だけど、もし俺の仕事の邪魔をするつもりなら……それなりの覚悟はしておけよ」

 ウォルフは殺意にも似たその視線をシキに向ける。

「身勝手な正義感を振り回してるだけでしょ」

 シキは猫のように大きな瞳でウォルフを見返す。

 少しの間、冷たい沈黙があった。

 不意に、シキが視線を落とす。

「ん、まだ記録が残ってるな。これは――」


 ブラックアウトの行方――――

 記憶の有無――――

 確かめる方法が――――

 

 ノイズ混じりの声が流れる中、解析機を持つシキの手がこわばっていく様子を、ウォルフは侮蔑を含んだ目で眺めていた。

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