第3話
3-1 不法投棄
一人の男が、早朝の住宅街を歩いている。
上下に着た白の作業服はあちこち傷んでおり、開けた胸元からは派手な柄のTシャツと銀製のネックレスが見える。
まばらに逆立った赤い頭髪を見れば攻撃的な印象を抱くかもしれないが、その幼い顔つきと柔和な表情からは愛嬌さえ感じられるようだった。
年齢は二十歳頃か、それより下か。
左手には黒い大きなアタッシュケースを提げている。
たまに道端の主婦や老人とにこやかに挨拶を交わしながら、男は上機嫌な様子でゆったりと歩いていた。
「ちょっと、ウォルフちゃん」
一人の老婆が、男に向かってせわしなく手招きをしているのが見えた。
「なになに、どうしたの」
赤髪の男――ウォルフは小走りで老婆のもとに駆け寄ると、ゴミ捨て場に放置された大きなモノを見て落胆の息を吐いた。
旧世代の大型オートバイである。
「なんとかしてよぉ、コレ」
老婆はうんざりした様子で男の腕を繰り返し小突いている。
「そんなこと言われたって、俺は清掃業者でも回収業者でもないしなぁ」
ウォルフは困った顔をしながらも、横たわったオートバイを手際よく点検し始めた。
電気駆動車が普及した今、こうしたガソリン車はほとんど姿を消しており、趣味でなければ乗る機会も無い。
ただし、後ろ暗い人間が乗り捨て目的で古い自動車を使うことは珍しくなかった。
特にオートバイの不法投棄は年々増え続けている。
「げ、中身がまだ入ってるよ。危ないなあ」
ウォルフはオートバイを起こして言った。
「早くどっかに持っていってよ。こういうのが続くと近所の治安もどんどん悪くなっていくんだから、ねえ、わかるでしょ」
点検している最中も老婆はずっと喋り続けている。
「キーもつけっぱなし。かかりそうだね」
ウォルフがシートに跨ると、やがてオートバイは唸るような低音を響かせながらエンジン車特有の振動を始めた。
「ちょっと! 煙!」
「ごめんごめん」
大げさに排気ガスを振り払う老婆を見てウォルフは笑った。
「もう、気をつけてよ…………」
老婆は不意に言葉を途切れさせた。
ウォルフが遠くの方を冷たく見据えるような、そんな目をしていたからだ。
それに釣られるようにして老婆も道路の先を振り返ったが、やがて不思議そうな顔をしたままウォルフの方に向き直った。
「ん、ああ、なんでもない」
ウォルフは老婆の怪訝な表情に気づいたのか、またすぐに笑顔を見せる。
「じゃあそろそろ行くね」
「あら、そう? たまにはうちでお菓子でも――」
老婆が引き留めようとした時、既にウォルフはアタッシュケースをオートバイの脇にぶら下げたまま走り出していた。
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