2-9 福祉課
「そいつは福祉課の人間だな」
カウンター席に片肘を乗せたまま、ヒシヌマは広げた新聞に目を落としている。
交番――水道課の活動拠点である。
「周りからも、見たまんまシスターって名で呼ばれてる」
そう言ってヒシヌマは缶コーヒーに口をつけた。
「飲み物を持ち込むなよ」
リンはテーブルの向かい側で拳銃の手入れをしている。
「だったら酒以外の物も用意しとけ。いつも言ってるだろう」
お決まりのやり取りである。
廃病院にいた少女と男は、その後姿を消したらしい。
政府の息のかかった者がリンと入れ違いに二人の死体を回収する計画になっていたというのが、つい先程ヒシヌマから聞かされた話だ。
だとすれば、二人はリンが施設を去った直後に、煙のように消えたことになる。
とはいえ、本来リンに与えられた仕事は立ち退きの説得だったわけだから、たとえ暗殺が目的だったとしてもそれについて文句を言われる筋合いは無い。
問題はあの女だ。
「福祉課って、殺し屋上がりのガキが一人で切り盛りしてたんじゃなかったか?」
リンが問う。
「福祉課のウォルフと言えば、荒事を喜んで引き受けてくれるおかげで署内でも人気が高くてな。お前んとこも一緒だが」
「うちは諜報が専門だって言ってるだろ。それで?」
「最近、そこにふらりとやってきたのが例の女らしい。詳しくは知らん」
「信用できるのか」
リンは拳銃をいじる手を止めて、ヒシヌマを見た。
「警察が信頼してるのはお前らの能力だけだよ。面接も精神鑑定も無いんだから判断しようがないだろ」
ヒシヌマはうんざりした様子で視線を振り払った。
「…………」
「その女、お前さんがあの場所に来るのを待ってたのかもな。表向き始末されたことにして匿おうにも、今まで全員返り討ちに遭ってるわけだからな」
沈黙するリンをちらりと見てから、ヒシヌマはそう言った。
そうだ。
それが気持ち悪いのだ。
まるでこちらの考えを見透かしているかのようなあの言動。
一つ上の次元から物を言うようなあの態度。
不思議なことに、あの場では女の言いなりになるしかなかった。
そして結局、自分は何も知らされぬままこうして燻っている。
情けない話だ。
その後、挨拶もそこそこにヒシヌマは交番を出ていった。
入れ替わるように、別の者が入ってくる。
「どうだった?」
黒いスーツに灰色髪の少女――シキである。
「どうもしねえよ」
リンがぞんざいに返す。
「きっちり成果を上げてから言いなよ、そういうセリフは」
シキは入り口近くの壁に寄りかかりながら、小馬鹿にしたような視線を投げかける。
「うるせえな」
リンが拳銃のスライドを乱暴に鳴らす。
「セツナと研究所の関係を探るこれ以上無いチャンスだったからこそ引き受けたんでしょ」
「ガキの秘密なんざ知ったこっちゃねえよ」
「今日は随分おとなしいね。誰かに沈静化のまじないでも掛けられたのかな?」
「お前、さっきの話聞いてやがったな」
「まあね」
「おい――」
シスターには気をつけろ。
そう忠告しようとしたが、既に少女はいなかった。
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